第58話ー② 西部軍管区防衛作戦『ジプソフィラ』
九月八日一五時一九分
超空間内
戦艦アドミラル・カリーム
作戦室
アドミラル・カリームは西部軍管区に配備されている第六艦隊旗艦であり、大規模開戦時には西部軍司令部も座乗する。カンバーバッチ元帥の元座乗艦でもあり、艦長以下クルーとも気心が知れているというのが、総旗艦に選ばれた理由である。
柳井が連れてきた近衛分遣艦隊と護衛艦艇共々、ヴィオーラ公国領主代理マチルダの結婚式後、センターポリス宇宙港で一般見学を行う予定だったが、それらを中止して艦隊集結宙域に向かっている。
「西部軍管区第八七九宙域に、FPU艦隊の集結を確認。すでに第五、第六、第七艦隊には第一種警戒体制を発令し、西部軍所属の全遊撃戦隊および護衛隊も戦力組成を開始して軌道航空軍、各惑星の防空師団なども同様です」
西部軍参謀長の
「敵の戦力は?」
カンバーバッチ元帥が参謀長に尋ねると、参謀長は大型スクリーンに新たな資料を表示した。
「確認した護衛隊からの報告およびその後の無人偵察機による強行偵察によると、戦艦一五隻を中核として艦数二〇〇隻を超えており、増えつつあります」
「敵の目的は、西部軍管区の惑星の占領か? だとすれば三分の一は揚陸艦と補給艦である可能性が高いが」
「四月の戦闘はこの事前偵察だったのでしょう。より防備の薄い宙域を、今回は選んだのでしょうが――」
柳井は元帥と参謀長の会話を聞きつつ、敵戦力の攻勢について考えていた。この方面で最も強大な艦隊戦力をそろえられるのは汎人類共和国だが、前回の東部軍管区への大規模侵攻時も大兵力を投入していて、戦力の再編が終わっているとは考えにくい。リハエ同盟の全力投入というのが妥当な線だが、第一インターステラー連合が大規模な戦力供出を行っていると、柳井達が進める第一インターステラー連合との和平についても戦略の練り直しが必要になる。
「宰相閣下、ひとまず敵の出方を辺境部で伺いつつ、敵艦隊殲滅が今回は作戦目標となるように、小官は考えますが」
「敵が現時点で橋頭堡を構築済みだとしたら、西部軍管区全域が敵の攻撃を受ける恐れがあります。その点はどうでしょうか」
カンバーバッチ元帥に聞かれて、柳井も答えた。この疑問は真っ当なもので、辺境惑星連合が態々艦隊決戦のみを目的として戦力を出してくるのは常識から外れていた。
「小官も同意見です。参謀長、部隊の配備状況は?」
カンバーバッチ元帥は自分に気をつかってくれているのだな、と柳井は理解していた。
「はっ。すでに軌道航空軍による無人偵察機を用いた哨戒網を強化しております。また、星系自治省の辺境監視網についても、連携して敵部隊の索敵に当たります」
参謀長の言葉に、柳井は胸をなで下ろした。星系自治省は独自の辺境監視網を構築して、自治共和国の監視はもちろん、辺境惑星連合軍の動きを監視している。柳井がピヴォワーヌ伯国で防衛任務を請け負ったときまで、帝国軍と星系自治省は連携が取れていなかったが、柳井がアルバータ自治共和国での一件で半ば強引に情報提供をさせてからは、比較的スムーズに連携が行われるようになった。
「しかし戦力比でそこまでの開きはない。あまり部隊を分散もできない。ここは速攻を掛けるのが最善と思うが」
カンバーバッチ元帥は基本的に攻勢の人である。慎重派の東部軍管区司令長官とは正反対だが、正攻法で押し切ることができる東部軍と、限りある戦力で広大な宙域を防衛する西部軍の性格の違いと言えた。
「元帥閣下の仰るとおりかと。すでに参謀部では、第五、第六、第七艦隊を動員した敵艦隊撃滅を主軸として敵侵攻計画を破砕することを目的とした作戦案『ジプソフィラ』を立案中です」
柳井は作戦名を聞いて意外に思った。東部軍では伝統的に賊徒の侵入が日常茶飯事なので、いちいち作戦名を付けることなく、管理番号のみで呼称される。西部軍管区では西部軍参謀部が作戦立案をするほどの大規模作戦が少ないため、一つ一つの作戦に名前を付けることが伝統だった。
「陛下より、必要であれば近衛戦隊も戦力として使用を許可するとのお達しです。参謀長、その点はどうですか?」
「はっ。しかし彼我戦力差から前線への投入はせずとも、作戦遂行は可能と推定しております。第六艦隊に随伴し、万が一の際は援護をと」
元帥はあくまで近衛は戦力外としてカウントしていた。皇帝の剣であり盾でもある近衛艦を最前線に投入するなど畏れ多いと考えたからだ。
「細かな点は私のような素人が関与するより、西部軍参謀部で詰めた方がいいでしょう。帝国西部軍管区の平和は皆の献身に掛かっている。私も陛下によい結果をお伝えできると思っている。皆の武勲を祈る」
柳井が立ち上がると、作戦室の将校達も立ち上がって最敬礼し、柳井もそれに答礼を返した。
九月九日一九時一一分
西部軍管区第八八一宙域
恒星ファン・デル・サール295近傍宙域
インペラトール・メリディアンⅡ
艦橋
ファン・デル・サール295はありふれたM型主系列星の一つで、西部軍管区の警戒監視拠点が置かれているだけの星系である。第八七九宙域と隣接しており、西部方面軍管区の主力部隊の集結宙域として、すでに近傍に展開していた第五艦隊を中心に、第六、第七艦隊も集結を終えて戦闘準備のために補給艦やら連絡艇がひっきりなしに往来していた。
その中にはインペラトール・メリディアンⅡをはじめとする近衛分遣艦隊もいた。
「――というわけで、今回我々は後方から督戦だ」
「惜しいですね。最前線に投入していただいてもよかったのですが」
ブロックマイヤー大佐の挑戦的な言動に、柳井は苦笑して返事の代わりにした。
メリディアンⅡは相変わらず、柳井の個人旗艦のように使われていたが、艦長以下、その点について何ら疑問をもっておらず、むしろ帝都での留守番になるくらいなら柳井に着いていく方が実戦の機会に恵まれるとさえ考えていた。
事実、ブルッフハーフェン事件やバーウィッチ叛乱鎮圧に従軍した功績により、年内にはブロックマイヤー大佐が准将に昇進し、柳井の護衛についてきた艦艇のクルーも軒並み昇進が予定されている。また、護衛隊隊長のビーコンズフィールド准尉についても、士官養成課程を終えたら少尉へ昇進させた後、すぐさま中尉になるという噂もある。
「まあ、いたずらに近衛を投入するのは避けたい、と普通の参謀なら考えるだろう」
「閣下を乗せたまま本艦が沈むようなことがあれば、責任問題になりかねませんからね」
「まあそういうことだ。私の今回の仕事は、西部軍管区の能力を見極めよ、ということなのだろう」
九月一〇日〇六時四一分
第八七九宙域
自由浮遊惑星ERPー14032ー32近傍宙域
第六艦隊
旗艦アドミラル・カリーム
艦橋
「敵艦隊、惑星周辺に展開を確認。数、約一〇〇」
「半数か……残りはどこへ行った」
作戦参謀の報告に、カンバーバッチ元帥は不安げな目線を戦況図に向けていた。
「艦種識別、戦艦一〇、巡洋艦四〇、駆逐艦五〇、その他一〇程度と推定」
「敵主力艦隊と考えても問題ないはずです。シナリオA1に従い、殲滅しましょう」
柏木参謀長の進言に、元帥は頷いた。
「わかった……敵艦隊はこちらに気付いているのか?」
「すでに戦闘陣形への遷移を確認しております」
「よろしい。全艦へ通達。今回は宰相閣下の御前である。西部軍の名誉を汚すことのない戦いを望むものである。全軍、攻撃開始!」
元帥の簡潔な演説の後、西部軍主力艦隊と補助部隊は一斉に攻撃態勢に入った。
同時刻
インペラトール・メリディアンⅡ
艦橋
「主力艦隊、攻撃を開始しました」
近衛艦隊は艦隊の後方五光秒、主戦場宙域からは一〇光秒つまり約三〇〇万キロメートル後方に位置している。
「……速攻だな。カンバーバッチ元帥は案外熱血漢というか」
「グライフ元帥とは違うタイプですね。ただ、実力は確かです」
そもそも無能が元帥として司令長官に選ばれるほど帝国軍高官の椅子は豊富ではないし、当然のことながら司令長官の椅子は軽いものではない。軍事はもちろん、軍管区内の政治についても一定の識見が求められるのだから、選任されるのはよほどの人物であることが前提だった。
超空間通信で送られてくる戦況図は、西部軍主力艦隊が一気に敵艦隊と距離を詰めながら重荷電粒子砲を連射しているのが見て取れた。
「このまま敵艦隊を突破して、惑星を盾にしつつ陣形を再編。再攻撃に入るものと思われます」
「……妙だな」
ハーゼンバインの戦況図解説を聞きながら、柳井は不安を口にした。最初に確認されていた艦艇数より少ないこともさることながら、的の侵攻意図を読み切れていなかった。
「……艦長、無人偵察機は使えるか?」
「はっ。用意できております」
「では今から指示する位置に向かわせてくれ」
帝国軍で用いられる無人偵察機は、全長五〇メートル程度の小型艇で、艦艇に搭載される内火艇程度の船体に、人工知能と高精度センサー、大出力の通信機と推進器、さらには超空間潜行装置を搭載したものだ。インペラトール・メリディアンⅡクラスの艦艇なら五機から六機を搭載している。
近衛分遣隊に配備された無人機のうち、二〇機が柳井の指定した宙域へ向けて放出された。
「どうかなさいましたか?」
ハーゼンバインに聞かれて、柳井は戦況図を見つめた。
「今回の作戦が、もし惑星の占拠を目的としたものではなかったとしたら……」
柳井が気がかりだったのは、西部軍管区において態々惑星を占拠することの合理性だった。
元々東部軍管区のほうが規模が大きいのは、ごく短期間――惑星改造分野の世界では一〇〇年程度――で開拓が可能な惑星が多かったからであり、西部軍管区はその逆で、居住可能レベルまで惑星改造を進めると膨大な時間と予算を必要とすることから、開発対象の惑星を絞っている。
資源を求めるのなら小惑星や太陽系で言えば水星に代表される大気を持たない、もしくはごく薄い惑星を狙えばいいだけだった。
これまでの戦史を紐解いても、西部軍管区において惑星を強奪しようとする作戦が行われることは少なかった。
「何もなければいいのだが……」
〇九時〇一分
西部軍管区
第一〇四五宙域
恒星ムトゥンガ589近傍
巡洋艦セレンゲティ
柳井達が辺境部で戦闘状態に入っていた頃、主戦場から遠く離れ、数千光年離れた居住惑星も鉱山惑星も存在しない星系で、マルテンシュタインが第一インターステラー連合との第一回目となる和平協議を行っていた。
今回は西部軍管区所属の巡洋艦を借りて、会談の場としているマルテンシュタインは、自分に興味半分、警戒心半分といった目線を向ける艦長のムトゥンガ・ムワリム中佐に笑みを向けた。
「今回の任務にご不満でも?」
「いえ。命じられれば従うのが軍人ですので……ただ、宰相府の方が、賊徒の船との会合を企図するとは」
「あまり詮索しないのが身のためですよ」
マルテンシュタインの言葉に、ムワリム艦長は頷いた。
「でしょうな。内国公安局の人間も乗せるというのは、そういうことなのだろうと思っています。全て幻だった、と考えるようにします」
「賢明な判断です」
「左舷、一一時方向に浮上する艦艇。辺境惑星連合軍フォックストロット級巡洋艦です。発光信号……こちらナイトクイーン。あなたのお名前を尋ねる……続けてSが三回」
「返信。こちらクロッカス。ドアは開いている。Sを三回」
索敵士官の報告に、マルテンシュタインは頷いて事前の取り決め通りのメッセージを発光信号で返信させた。
「ナイトクイーン……ゲッカビジンとはまた、小洒落たコードネームですな」
「おや。詳しいですね艦長」
「実家が花屋でして……接舷させて宜しいので?」
「そういう取り決めです。では艦長、作戦室をお借りします」
「どうぞ」
マルテンシュタインが艦橋を出ていくと、ムワリム艦長は大きく溜息を吐いた。
「妙な仕事だ……総員に告げる。繰り返すが、現在行われている作戦行動は極秘のものである。今から接舷する艦艇も、そこから移乗してくる人物も、全て夢か幻と考えて、作戦完了後は速やかに忘れるように」
〇九時一一分
作戦室
「お初にお目にかかります。マルテンシュタイン閣下。第一インターステラー連合、連合議会外交部長のヤスノリ・ホダカです」
ホダカの役職名を聞いたマルテンシュタインは、驚き半分、揶揄半分といった笑みを浮かべた。
「第一インターステラー連合に外交という概念がまだ残っていたとは知らなかった」
「それだけ喫緊の課題と、連合上層部は考えているわけです。もっとも連合内でも極秘の役職ですが」
軽くジャブを打ち合った後、二人の交渉人は椅子に座り、本題について話し始めるのだった。
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