第13話 狙われしものたちー2
村へと別れを告げて数週間がたった。
その間に幾人か接触した『プラウ・ジャ』の信徒からガインが赤手の厄病神という楽しからざる異名を得ていること、幼虫が捕食の末に馬並みに成長し求めに応じでシモンと名付けたことを除けば当てもない逃避行は青年を疲弊させる一方であった。野宿は体を痛め放浪は心身を圧迫していく。
休憩場とは名ばかりの森の中の隙間に腰をおろすと早速師弟のあいだで恒例となった口げんかが始まった。
「あたしも異名が欲しいんです! こっちから考えて名乗れば広まるかも」
「やっぱりあんたマスターじゃないんだろ」
「んなっ⁉ 無礼ですよ!」
「じゃあなんで会う人会う人がマスターの事知らないんだよ? 有名人なんだろ?」
「それは……『プラウ・ジャ』が無知なんです!」
ガインは匙を投げた。ティミイは言い負かしたとはしゃいだがその様はますます青年の疑念を深くした。足もとを這っていた大ムカデをシモンへ蹴飛ばす。彼はぺろりと一飲みにしてまたも姿を変えていった。
ここに至るまで共に過ごす中有能で博識な『ホワン・カオ』のマスターは全く役に立たず自意識は一人前という有様だった。仲間と合流するといっては道に迷い、争いごとが起きるとガインの頭へあがって喚いて自身は何もしない。それでいて勝てばマスターたる自分の指導のたまものだと威張り、『プラウ・ジャ』の信徒たちへ『ホワン・カオ』のマスターティミイ・カッカドルクの名を覚えよと言い放つのだった。挙句に決まって青年へムアシェらを消滅させた病を用いよと迫った。
当然ガインは拒絶する。村の惨劇を思い出させる力を使いたくはなかった。本音を言えば病に関する力は使いたくないのだが、武器である炎では殺めずに無力化するのは一苦労だった。どうやっても相手へ火傷を残してしまう。『プラウ・ジャ』へさしたる恨みもない彼には戦いとなることすら忌避すべきで、ひどい風邪程度に抑えた病を用いようと努力していた。
だがこちらも、どのような症状を与えようとあの赤いあざが罹患させて者へ必ず出てしまうのだった。恐怖し泣き叫ぶ姿を目の当たりにするたびに、自分は病そのものではないと確立せんとする意志がくじけてしまいそうだった。
ティミイは焚火へ泥で覆った丸いものを放りマスターらしく弟子へ嘆いて見せた。むろん彼の葛藤など知りはしない。
「手のかかる弟子です。精神面が脆弱すぎますね」
「村に帰りたい……母さん……」
「人を食べてみたいんだけどなあ」
にもかかわらず、なぜガインがティミイから逃れないかは彼女のパンに理由があった。水が飛んでひび割れた丸い泥を焚火から取り出して割ると中から葉で包まれた湯気たつパンが出て来た。
「ほら、蒸しパンのようなものです」
「あ、ありがと」
「シモンはそこらの生き物を食べなさいね。もっともっと大きく強くならなきゃ」
「いいよパンはまずいし」
彼女が焼いたパンである。正確にはパンでなく似た種類の粉を焼いた食物だ。それが絶品だった。ガインに母を思い起こさせてガインに裏切りや逃亡をためらわせた。粗末な食糧事情の中でも彼女は必ずパンからしきものを食べさせてくれた。食事のたびにつぎの食事までは我慢しようかと思えた。
ティミイは師である自分に心酔しているからと思い込んでいたが。
「弟子、あの力を使ってシモンの兄弟を増やすんです」
「え、やだよ」
「なんですかやだって? マスターに逆らうんじゃありません」
「いっぱい生き物が死んじゃうじゃないか」
「そこから生き残るからシモンのように強くなるんです。あたしたちには仲間が少しでも必要なんです」
「じゃあその仲間のところに行こうよ」
「えっと……も、もちろん行きますけどその前に勢力を増してからです。地位を確立するんですっ」
「迷ったんだろ」
「迷ってません!」
「ぼくは兄弟がいてもいいけどなあ~。お、毒蛇だ」
鎌を伸ばして捕まえた蛇を頭からシモンはばりばりとかみ砕いていた。牙が生えてしたたる毒液がまだ青い落ち葉に垂れて毒々しい色に染め上げしなびさせる。
決まって二人の議論は一点をめぐっての堂々巡りになった。恐るべき病を用いるべしとの命令と断固拒否の回答。交わりはせず最後は飛び掛かったティミイがガインの髪の毛を引っ張りあげて喧嘩となって終わりを迎えていた。
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