マスター危ないから下がっててって!

あいうえお

第1話 赤手の厄病神ー1

 火が村を呑み込んでいた。

 悲鳴をあげるものもなく、すでに家々が焼かれ崩れる呻きだけが一帯を支配するのみだった。炎の明かりに誘われた虫が舞い時折近づきすぎて灼熱の一部となった。

 その村を奇妙な一団が環となって囲んでいる。青い鳥の顔と翼を模した全身を包み込む服で、頭部は捌くためにそうされたように背中へ向かってねじれ翼は根元から切断されているのだった。彼らは消火のためでもましてや村人を救助するために存在するのでもない、各々が血に濡れた武器を構えその手前には炎から逃れんとした先で先で死体が転がっていた。まるで掌を押し付けられたかのような赤いあざを体に刻んでいるものが混じっている。

 それらにも火が移り住んで独特の香りを発しながら住処を広げていった。焼け焦げ収縮する様が死してなお苦悶しているようで、一団からは時折輪から離れて茂みへ嘔吐をするものが出それを介抱するために輪が徐々に乱れていく。既に村には火の手が及んでいない場はなく逃亡者の心配もないように思えた。

 だがその予想に反して二人の村人がまだ炎の中で生きていた。燃え盛る我が家で、母が貯蔵庫から村はずれの森へと通じる地下通路へ我が子を誘っている。滝のように流れる汗は火のためばかりではない、死体に混ざっていたあの赤いあざが体中に浮かんで発熱と苦痛を彼女へ与え続けていたのだ。

「いい? 森までいって隠れるの……」

「母さんも一緒にいこうよ!」

「……後でね」

 母が最期にその頬を触ろうとすると息子は恐れて飛びのいた。母が悲しみを浮かべ手を戻すと同時に彼もその行いを恥じて涙を浮かべるのだった。

「ご、ごめんなさい……」

「しかたないのよ……うつしたら大変だもの……」

 母が自身の赤いあざに手を当てた。

「ガイン、これからは相手が誰でも絶対に姿を見せてはいけないわよ……何をされるかわからないのだから……悲しい人たちに……」

「母さんも来るでしょ⁉」

「……いって、もう危ないわ」

 母は約束をしなかった。息子ガインはそれ以上は聞かず暗い地下道を走った、転び頭をぶつけて虫にまとわりつかれて泣きながら走った。母との別れ以上に体を動かしているのが己が死への恐怖であることが情けなく悲しかった。何かが崩れる音と熱気のこもった風が背を後押して彼の幼少期は終わりを迎えた。別離の記憶は焼けた肉の香りであった。


 不意にを思い出したのは鼻を香水がくすぐったためである。さして詳しくもない彼でも安物とわかったのは刺すような強さが香りに含まれていたからだった。おかげで呼吸がしずらいことこの上ない。

「追ってきてますよ弟子‼」

「わかってるよマスター」

「敬語を使うんです!」

 香水の元である背負った少女にガインは答えた。一見してとはわからない。少年の面影はすでになく青年の頑健な肉体を白装束で包み顔は骸骨を思わせる白面で覆われていた。マスターと呼ばれた同じく白装束の少女は、焦燥と共に幾度も振り返ってガインの尻を叩いていた。

 追うは3人の男たち。対照的な黒い胴衣をまといガインらを着実に追い詰めていた。冷やかさすら感じる無表情で彫刻が動き出したかのような威圧感を与えている。

 ガインの走行が徐々に衰えついに肩で息をしながら立ち止まった。少女は未練たらしく彼の尻をたたき続けたが、3人に素早く包囲されたことで諦めて青年の頭へとよじ登って精いっぱいに威嚇した。獅子のつもりで餌を守らんとする猫が精々だった。

 呼気を整えるために仮面を外し露になったガインの顔に3人が息を呑んで一歩間合いを広げ布で鼻と口を覆った。

「やはり、赤手の厄病神……」

 一人が呟いた。それはガインの異名であると同時に彼そのものを現わす言葉でもある。頬に刻み込まれた赤いあざ。拒絶した母の最期の触れ合いは皮肉な形で彼に残っていた。

 

 



 


 

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