第6話 出会いの是非ー3
次にガインの頭に去来したのは懸念であり少女の動向であった。あの青い鳥の一団を連れて現れるのではと警戒を改めて逃亡の準備を怠らなかった。無論それは悲しく心を寒くした。他者にとって排除すべき存在が己であることを許容できるはずもなかった。
しかし事態は思わぬ方向へと向かっていく。少女は何と村の周囲に潜伏し出したのだった。衣装をちぎって口と鼻を覆い時折姿を現し彼の蓄えを盗んでいった。腹立たしくはあったがいつも素早く姿を隠してしまうことと、大男の墓に見知らぬ供えられた花が増えていたためにその処遇を決めかねていた。皮肉なことに盗まれてなお蓄えは十分すぎるほどだった。
そしてある日干し魚を盗まんとしている少女とガインはばったりと遭遇した。彼女が再び彼を恐れて即座に距離を取ったことと、魚が新しい一品で彼の好物であったことからやや怒りをにじませながらもガインはそのまま見逃そうと踵を返した。
だがそれが少女には侮辱と受け取られた。距離は保ちつつも初めて意思を伝えようと正面へと回り込んでつま先立ちで小柄を誤魔化してまくし立てた。
「泥棒じゃないです! 奪い取ったのです!」
「それを泥棒っていうんだ」
ガインは反論し彼女から離れようと努めた。態度が胸に悪くとも他者に病をうつすのは本意でない。しかしそれでも、少女は新たな干し魚を奪って懐にしまい込みながら彼を追ってきた。一度火が付くと収まらない性分なのだった。
「『ホワン・カオ』を侮ると後悔しますよ!」
聞きなれない名に足を止めたガインに、少女は優位を取れたと勘違いし口を滑らかに動かして『ホワン・カオ』並びにこれまでのことを並べ立てた。
国家に隷属し誇りを忘れた宗教組織『プラウ・ジャ』を見限り正しき姿を取り戻すべく脱退したのが『ホワン・カオ』である。巨国カリメアからの国家独立運動に呼応して正義の戦争へと参加し、輝かしい活躍に勝利は目前なのだった。
高揚し舞さえ踊り出しそうな少女ほどガインは感心してはいなかった。むしろ一方的に聞こえのよい言葉を並べる彼女に不信感を抱いていた。女たらしで知られた村の美男子の話術にそっくりだったのだ。それに気づいた少女は地団太を踏んで赤い顔でガインを睨みつつ、片手を己が胸にたたきつけるとそれを眼前に運んで強く握りこんだ。
純白の輝きに包まれ少女の姿は一変していた。エプロンと頭巾を着こなし手には丸みを帯びた棍棒を握り込んでいる。いずれも手入れが行き届いていたが、彼女の体格にはあっておらず親を手伝おうと意気込みすぎた娘の風格であった。
ガインはますます困惑した。姿を変える奇術がどう先ほどの話に関係するのかが皆目わからなかった。少女は腰を落として手を突き出して掛け声を出す。茶の柔らかな物体がその手に現れた。出来立ての丸いパンである。
困惑の極みに至ったガインに見せつけながら少女はそれを得意げに割る。中からは乳白色のとろりとしたクリームがあふれ出てきた。
「どうです? クリームパンです」
「……は?」
絞り出した反応を不服として、少女はクリームパンを投げ捨てて新たなパンを出現させた。割ると黒い粒が固まった何かが詰まっていた。
「異国の甘味、あんパンです」
「パン……」
「そ、パン。私ことティミイ・カッカドルクはこの素晴らしい力を持った『ホワン・カオ』ので……マスターなのです」
パンが何であるかはガインにもわかる。祭日や誕生日に母が焼いてくれた手間のかかったごちそうだった。一度手伝ってみたがふっくらと焼くのが難しく焦がしてしまった。それを投げすてた彼女には反感を抱くと同時にますます混乱の度合いを強めていた。『ホワン・カオ』の一員でマスターとやらで奇術を扱う。それを己に伝えてどうしようというのか。
立ち尽くすガインと名乗りに反応をもらえず気を張ったままのティミイ。名状しがたい空気を変えたのはガインの肩に抉りこんできた石であった。
衝撃と痛みにのけ反りながらすぐさまにガインは走り出していた。その原因も傷の治療も後に回し逃れることだけを考えた。だがその先々に武器を構えた人影が現れた。すでに村は集団によって四方を囲まれてしまっていたのだ。
否が応でも焼き討ちの日を思い出しガインの心臓は早鐘のようだった。取り囲んでいる人々はいずれもが男で老若を問わず全身に布を巻き付けていた。それは姿を隠すためではなく、ガインを発見して悲鳴さえ上げる様からもわかるように彼の同族にならぬためのものだった。
「生き残りがいた……」
歓喜でも驚きでもない。恐怖と悔恨が混じった誰かの言葉はガインに冷たい汗を背中に浮かせた。まとうは違えど彼らはあの日の者達であった。
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