第5話 出会いの是非ー2
だが運命はその結末を許容しなかった。
とある暑い日、耕作を終えたガインはただぼうっと墓を眺めていた。花を植えこんで雑草をきれいに抜き取り墓標が無くては墓地とは思えぬほど清廉だった。畑も家の周囲も草はおろか小石すら拾いつくしてしまっていた。目に付くことはなんでもしたそうすればそれに従事する間だけは全てを忘れさせてくれた。
狩りで得た獣は丁寧に分けて毛皮と肉と薬と脂へ分別してあった。道具も手入れをし尽して罠も日に5度は確認し餌を入れ替えていた。取れた作物は干すか塩漬けにして保存した。森の中の“塩なめ場”に根気よく通い樽7つ分の塩をため込んである。
しかしそれも最早気を紛らわせてはくれなかった。彼が思うのは墓の一角に己が入ることである。一方でその後、手入れがされなくなって枯れゆく花たちのことを考えると自死も躊躇われ、それが彼には生への未練に思えて自己嫌悪に陥ることもしばしばだった。
人は思うほどに生へ執着はしないが死に積極的にもならないのである。だがその間をガインは横跳びして死の側へと徐々に傾きつつあった。
それを吹き飛ばしたのは墓地をかき分けて現れた二人の来訪者の存在である。細面の大男が少女に肩を借りて、というよりも身を完全に預けていた。ほとんど意識は残っていないようにみえる。二人の格好を赤い衣とガインが錯覚したのはそれが血に濡れそぼっていたからだった。咲き誇る花があっという間に赤く染められていた。
少女は大男を墓に寄りかからせて一息をつくと同時にガインに気付いた。互いに硬直し長い時間が流れ、彼女が青年の赤いあざを発見した恐怖が時を正常流れに戻すとともに素早く後ずさった。
その行動に深く心を刺されたと同時にガインは母の言葉を思い出した。姿を現してしまったことが命の危機に直結するやもしれないのだ。青年に遅れて少女も緊迫の度合いを高め次の一手を探り出していた。
と大男が呻いて少女へ寄りかかり押し倒した。意識があっての行動ではない。彼女は踏みつけられた蛙のように手足をばたつかせてるが巨体を押し返すことができず顔を紅潮させつつあった。
その隙に逃げようとして沸き起こった彼女を助け出すべきという欲求にガインは迷った。例え助け出しても即座に攻撃を受けるか、その場は収めても後日あの鳥の一団のように討伐対象として報告されるのではと不安が確かに存在した。
逃走か救助か。決定を後押ししたのは孤独に苛まれた心で、ガインは大男を抱き起して少女を自由の身にした。ただ当の少女はというと案の定驚きを浮かべてそのまま逃げ出してしまった。
何をしようと他者に見えるのはこの赤いあざだけ。もたらすのは恐怖と敵意。ガインは涙こそ流さなかったが震える心を落ち着かせるのにしばらくの間を要した。
しかし彼は強かった。だからこそ力も知識も弱い幼少から10年も生き残ってこれたのだった。追撃者の存在を考慮し森へ逃亡し原始生活のための準備をしてから大男の手当てを行った。出血量と傷の深さから到底助かるとは思えず医療知識は乏しい。だが貴重な薬草や獣の肝を惜しみなく分け与えることに彼は抵抗を感じなかった。
人の死には殊更に思い入れがあった。できる限り見たくはなかったし救えるものなら救いたいと強く願った。日が沈みかけたころにようやくその手が止まった。何者も微笑んではくれなかった。血は止まったがそれはもはや出るべきものが消失したためで大男の肌の色は蝋のようだった。葛藤と虚脱に這い寄られたガインであったが僅かな光もあった。大男は最期に顔を彼に向けて一言だけ呟いた。
「……感謝」
真実その言葉だったかは確信を持てない。だが青年はそう受け止めることとした。傷を縫い合わせることはできなかったがせめてもと川の水で遺体と白衣を洗い共に埋葬し祈りをあげた。こうして一人の生涯が彼の目の前で終わった。
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