第10話 出会いの是非ー7
突然炎が二人から飛びのいた。叫びに押しのけられたのでなければ奇跡でもない。事象は奇跡といえただろうが要因はガインにあったからだ。炎は火傷を二人へ置き土産に囲むように円となって渦を巻いていた。やや焦げたガインとティミイ、ムアシェと男たちはその光景が信じられずに呆気にとられて立ち尽くしていた。飛び込んできた虫が小さな音と共に焼き切れたのを契機にようやく青年と少女は顔を見合わせた。
ガインが腕を振ると連動して炎が揺らめいた。掌が赤く光りまるでそれに吸い寄せられているかのようだった。動きのみならず姿を変えて炎を猟犬の如くに飼いならしている。
「『ホワン』なの?」
ティミイの感激を含んだつぶやきに答えようとする前にガインを純白の輝きが包み込む。少女とムアシェは改めて驚愕する。歓喜と動揺。それはまさしく力が発現する前触れであったからだ。収束と共に現れたのは彼らよりもむしろ男たちをそしてガイン自身を衝撃で打ちのめした。青い鳥の顔と翼を模した全身を包み込む服で、頭部は捌くためにそうされたように背中へ向かってねじれ翼は根元から切断されているのだった。そう、村を焼いた忌まわしき青い鳥の姿がガインに上書きされていた。
「殺せええ!」
ムアシェが余裕をかなぐり捨てて命令した。男たちは慌てて石を放ったが粗雑なものであった。炎に包まれたはずの忌むべき生き残りがそれを消し飛ばし、よりによって過去の自分たちと同じ格好へ変わったことの動揺は大きかった。復讐はもちろん何か超然的な存在が断罪のために現れたのだと思うものすらあって統制が取れていなかった。逃亡者が出なかったのは”王様万歳”のおかげである。
青い鳥は光る両掌を振った。ほとんど無意識の行動であったが炎が舞って壁となりすさまじい熱で石を蒸発させてしまった。余波でティミイの唇がひび割れ髪が焦げ付いたがむしろそれに少女は感動を覚えていた。軌道のみならずその熱すら操作できるのだ。
「もうやめてくれ……」
ガインの震える声が鳥の下から漏れ出していた。この姿と溢れる恐ろしい力の予感に彼は混迷の極致にあった。容易く仇たる男たちを滅することができる確信があったが復讐の歓喜に浸りはしない。ただただ人の死はもう見たくなかったのだ。まして村を焼いた炎によってなどは望むはずもない。
だがムアシェに逃亡の選択肢はなかった。すでに仲間へと少女の捕縛か殺害を明言して追ってきている。成されなかった場合は当然大言壮語だとみなされて出世に響く。『プラウ・ジャ』において王となる事こそが彼の野望であり横道はおろか歩みを鈍らせることすら耐え難かった。なにより彼は若く自信過剰の気もあった。
「殺せええええ‼」
絶叫してムアシェはガインへ突撃し杖を振り上げたが、男たちは攻撃をためらってそれは孤独な襲撃となってしまった。そして死への恐怖がガインの力を呼び覚ました。杖を振り下ろすよりも早く握り込んでいたムアシェの手が溶けた。痛みを感じる間も叫ぶ猶予もなく驚く余裕もなく、溶解が彼の身ならず男たちに伝染していった。消滅といってもいい。赤いあざが体中に浮かび骨すらも残さず人間たちは消し飛んでしまった。スリングショットたちが落ちて乾いた音を立てる。装飾も打ち直しも消えて臣下の服も変化前の簡素なそれへと戻っていた。
ほどなくガインは鎧と炎を打ち消した。水を浴びたかのように汗に濡れて震えが止まらない。彼は生れてはじめての殺人をそれも最悪な形で行ってしまったのだった。あの赤いあざは間違いなく疫病である。自らを病と見なす目に憤っていたのに文字通りに同化してしまった形になってしまったのだ。ありとあらゆる負の感情が渦巻いてめまいさえしていた。
不意に腕を強く引かれた。振り返るとティミイが輝く瞳で彼を見上げている。あの日以来初めて他者と触れ合えた喜びは彼には感じられなかった。殺人の衝撃による動揺と彼女の狂気とさえいえる興奮に圧されていたのだ。
「あんたには才能がある!」
豪語する少女へ答える術を知らない。
「あたしたちの夜明けは近いです! 弟子よ!」
「で、弟子……」
”赤手の厄病神”と『ホワン・カオ』の自称マスター、ティミイ・カッカドルクの本当の意味での出会いはこの時であった。誰にとっての幸運で不運であるかは定かではない。ただこの瞬間の結びつきは成されてしまった。
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