第12話 狙われしものたちー1

 それからは彼女の言うところの『ホワン・カオ』としての日々が始まった。急な別離は厳しいだろうと数日の猶予を得てガインは故郷への別れの準備をする猶予を与えられた。

 食糧を袋に詰め墓の手入れを入念に行う。特に墓地は死して後を何度も想像したように彼なくては荒廃するだろうことは明らかだったから気合が入る。戻ってくると断言できるほど楽観論者ではなかったのだ。

 一つ一つ眠る人々に謝罪した。深く交わりがあったものばかりであるわけではない、墓を建てる時も熱中する何かが欲しかっただけで生前の記憶がひどく希薄なものも多かった。だがいざ離れるとなると誰もかれもが愛おしく思える。

 そして母に対してはより不思議な気持ちになった。最も別れがたくある反面その存在をティミイと幼虫にさえ重ねて気でさえいた。一人は力を目の当たりにして掌を返した怪しげな少女、もう一人は人ですらない子供とでもいうべき幼虫。疑心と反発を抱きながらもガインは二人へ孤独を埋める期待を持ってもいたのだった。天秤のはかりは期待へとやや傾いている。

 結局彼は孤独に敗北したのだ。母との約束を破ったことに子供のようなバツの悪さを感じてながらも後戻りはできない。

 その間ティミイはというと、勝手に食糧を口にしつつ彼へひっついて世界の有様を何度も何度も語り『ホワン・カオ』ひいては自分がいかに正しいのかを教え込もうとした。途中からは肩車をして耳に直接囁きかけさえし半ば洗脳を施さん勢いだった。幼虫は捕食と脱皮を繰り返して犬ほどの大きさになっている。トンボの羽が得て次は鳥を狙っていた。

 ガインはティミイが繰り返す力説から自己弁護と擁護を削ぎ落さんと努めてどうにか彼なりの事実を抜き出していた。

 カリメア。多数の民族国家を内包した連合国でムアシェも属する宗教組織『プラウ・ジャ』は活動を認める対価として奇術による治安維持や各種外交任務を担っていた。発生以来の弾圧の歴史から学んだ結果で規模は最大規模へと成長していた一方、その状況を国家の狗と化していると非難する声は内外に存在した。

 『ホワン・カオ』はそうした中で『プラウ・ジャ』から独立した集団だった。経典に記された英傑の名を冠しなにものにも従属せずに真理を求める自身らこそが正しき道だと主張した。それは一面では間違っていなかった。本来の教義は信徒が得た力『プラウ・ジャ』の言をとれば『プラウ』、『ホワン・カオ』では『ホワン』を用いてその根源と自身のあり方を知り世界を知るという自閉したものであったからだ。

 現在の『プラウ・ジャ』がすでにカリメアの一機構と化していることは明白であった。政府の命ずるがままに動き時に道義にもとる行いに手を染めた。その犠牲となった国々が起こした独立運動と『ホワン・カオ』は協調し、圧制者とその手先となった異端者たちへと立ち向かい戦争へと突入したのだった。

 とはいえその結論を得てもガインにはどうにもしようがない。当面の問題はムアシェを殺めたことで迫る『プラウ・ジャ』たちからどうやって逃げるかであった。


 

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