——ああ、光だ、と思わず声が漏れてしまうほど鮮烈な二人の再会

 ファンタジーといえば、剣と魔法、昨今では異世界に転生転移して始まる物語が多いような気もしますが、こちらの物語には魔法も異世界も(現時点では)登場しません。

 現実とは全く違う世界、独自の歴史や宗教があり、その中でも人々は政争に明け暮れ、あるいは謀略に巻き込まれ、大切な人を失ってしまう。

 この物語の主人公ディルはそんな世界で、父を失い、野盗に攫われてこき使われている最中、同じように野盗に囚われ縛り上げられた青年ヴィーと出会います。何やらドラマチックな展開が始まりそうですが、あにはからんや、何か食べ物をくれたら助けてあげる、と言ったディルに対し、困り果てて助けを求めたはずのヴィーの応えがなんとも変わっています。

「……今貴方に食べ物を差し上げるのは簡単なことです。でも、それではすぐに飢えてしまいますよ。今食べられる、ではなく、ずっと食べていける、にならなくては」

 あなた今、縛られて転がってますよね?? とディルとともに読者もキョトンとしてしまうのですが、こんな思考回路、物言いをしてしまうヴィーには驚くべき秘密がありました。

 はじめから登場する国の名前や貴族などの情報が多めなため、少し戸惑うかもしれませんが、一度この世界に入り込んでしまうともう止まりません。

 特に離れ離れになってしまったディルがヴィーと再会するシーンは、ディルと一緒に読者も感動で思わず震えてしまうほど。ぜひ読んで確かめていただきたいシーンの一つです。

 主人公のディルの健気な様子に聡明さや思わぬ勇敢さ。のんきで優しい騎士に見えたヴィーのふとした拍子に見せる冷徹さとどこか危うい雰囲気。のちのち敵役として登場するグネモン卿でさえもディルに対するあまりに非道な行いに怒りを覚えつつも、身内に対する情や、かつてのライバルに想いを馳せる姿には、憎みきれず心動かされてしまいます。

 さらには物語が進むにつれ、ディルとヴィーは互いに不思議な縁を見出し絆を感じていきます。
 次々と困難に見舞われる彼らが、この先どんな運命をどう乗り越えていくのか。

 地図や登場人物索引のある紙の本でページを繰りながら読みたいなあと心の底から思ってしまうおすすめの一作です。

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