第6話

無事家に辿り着いた俺たちは、まず順番に手洗いうがいを済ませた。


「すぐ作るからちょっと待っててね」


「サンキュ。助かる」


なんか新婚夫婦みたいだな。

パタパタと忙しなく準備する華楓を見ながらふと思った。


俺が手伝っても失敗するか、作業を遅らせてしまうかなので大人しくテレビを眺める。


──この生活はいつまで続くのだろうか。

まだ初日ではあるが、楽しく過ごせているし、華楓と同じ空間にいられることが何よりも嬉しい。

ただ、いつまでこの状況が続くのだろうか。

もしこのままウイルスが収束しなかったら、もし休校がさらに延長になったら、もし華楓のご両親が日本に戻れなくなったら、もしウイルスに感染してしまったら。

考えれば考えるほど、漠然とした不安が押し寄せてくる。

どこにもぶつける宛先が無いこのストレスをどうやって解消すればいいのか。

目に映るテレビにも、『今日の感染者数』という表示があり、不安をさらに煽る。

正直、かなり怖い。

姿が見えないモノに殺されてしまうかもしれないという恐ろしさ。

俺は本当に安全なのか。

俺は本当にウイルスに感染していないのか。

俺は本当に──


「お待たせ。今日は優の大好きなオムライスだよ」


華楓の声で負の感情のスパイラルから逃れられた。

いけない、こういう時だからこそポジティブに物事を捉えないと。


「あ、ああ。ありがとう。それにしても前見たオムライスから大分変わったな」


以前見たオムライスはチキンライスに卵が覆い被さっているようなものだった。

しかし、今回のオムライスはチキンライスにオムレツが鎮座している。


「私の料理の腕はまだ発展途上だよ?それより、ここからが本番だから。見ててね」


そう言うと華楓はナイフを取りだしオムレツに刃を立てた。

スーッと引かれたナイフにより切られた場所から、黄金に輝く財宝のような半熟の卵が姿を現した。

その美しさに思わずため息が出てしまった。

やがてオムレツがチキンライスを包み込み、とろとろの卵のほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「ふふん、私の進化したオムライスは凄いでしょ? さ、出来たてを食べよ」


「ああ、本当に美味そうだ。いただきます、華楓」


「どうぞ、召し上がれ。私もいただきます」


スプーンで一口分取り、口に運ぶ。

入れた瞬間、口の中に絶妙な卵の甘みとケチャップやチキンライスの酸味のバランスが広がる。つまり──


「うっま……」


「そんなに美味しそうに食べてもらえると、作りがいがあるよ。ありがとう」


「いや、例を言うのは俺だ。久しぶりにこんなに美味い飯を食べた。ありがとう、華楓」


「いえいえ。そんな料理がこれから毎日食べられる優は幸せ者だね」


「ん、これからも作ってくれるのか?」


「もちろん。優がこんなに美味しそうに食べてくれるからね」


「もうこれからは華楓に頭が上がらないな」


「そんなことないよ。私がしたいんだもん」


こうして俺は毎日食事を作ってもらえることが決まった。めっちゃ嬉しい。




その後もスプーンを動かす手が止まらず、ペロリと平らげた。


「ふう。ごちそうさま」


「はい、お粗末さまでした。あ、お皿は私が洗うから置いといていいよ」


「いや、ご飯を作ってもらったんだからこのくらいさせてくれ」


「んー、じゃあお願いするね」


「はいよ。あ、先にお風呂入っていいぞ」


「え、いいの?一番風呂いただいちゃって」


「ああ。一応来客だしな」


「んー、それじゃあお言葉に甘えてお風呂いただきます」


華楓は着替え等をキャリーケースから出し、風呂場へ消えていった。


食器洗いが終わったので、軽く水滴を拭きながら食器を棚に戻す。

華楓が風呂から上がるまでまだ時間はありそうだし、課題でもしとくか。

そんなことを考えていると、風呂場から華楓の声がした。


「優ー。ごめん、洗顔クリーム忘れちゃったから持ってきてー」


いきなりのお呼び出し。

さっき風呂の準備してたのに、華楓はおっちょこちょいだな。


「いいけど、どこにあるんだー?」


「キャリーケースのファスナーがついてるとこに入れてるー。青と白のやつー」


華楓のキャリーケースの元に行き、心の中で『失礼します』と断り、開ける。

目当ての物はすぐに見つけられたので、クリームを華楓に渡しにいく。


風呂場の扉前に着いた。


ここを開ければ華楓が──


っていかんいかん。

戒めとして頬をグーで殴り、華楓に声をかける。


「華楓ー。クリーム持ってきたからここに置いておくぞー。後で取っ──」


ガラガラッ。


「ありがとー。わざわざごめんね」


……え?なんで?華楓がドア開けた?ん?


「おーい、優。もう戻って大丈夫だよ。さすがに見られたことあるとはいえ久しぶりだしちょっと恥ずかしいよ」


「……あ、ああ、す、すまん。今戻る」


ガラガラッ。


華楓が開けたドアを今度は俺が閉める。


俺はできるだけ無心で、今見たものを忘れようとしながらリビングに戻る。

いや、無心といってもパニックからの無心であるのだが。


ソファに座り、俺は頭を抱えた。

なんなんださっきの状況は。

一旦整理しよう。


華楓が俺の事を好いてくれているのは知っている。

だとしたらあれは俺へのアピールの一つなのか?

いや、単に昔一緒に風呂に入った名残で、見られても構わないと思っているのかもしれない。


華楓の心情が分からない。

ただ、一つ言えることがある。

絶対に揺るぐことの無い事実。


それは──




「──デカかったなぁ……」






あとがき


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