第1話
玄関に着き、ドアを開けた──。
そこにはキャリーバッグを持った一人の少女が佇んでいた。春風になびく髪は温もりのある茶色のセミロングヘアーで、マスクを付けていても分かる端整で可憐な顔立ち。
「ゆ、優……? 久しぶり…… あ、えっと、ごめんね、こんな時にいきなり訪ねちゃって……」
俺は混乱していて、すぐに少女に言葉を返すことが出来なかった。
まず一つずつ整理していこう。
俺のことを「優」と呼ぶ人物は俺が知っている限り一人しかいない。
その人物こそ、
そして、華楓は俺の初恋の相手で、今も俺は華楓が好きだ。
──華楓とは幼稚園以来の幼馴染で、小学校を卒業するまではいつも一緒に同じ時間を過ごしていた。
家が隣同士だったということもあって、登下校も一緒にしていたし、休日はお互いの家の用事がない限りは決まってどちらかの家で遊んでいた。華楓の両親は休日を邪魔されるのを嫌な顔一つせず、毎回俺を温かく迎え入れてくれた。
氷室家と山口家は家族ぐるみの良好な関係を築いていた。
俺はこの関係がずっと続けばいいなと思っていたし、なにより毎日華楓と同じ時間を過ごすことが楽しくて仕方なかった。
しかし、そんな理想は突然崩れた。
中学に上がる際に華楓の父親の仕事の関係で山口家は他県に引越すことになってしまった。
引越しの前日、荷物の整理を終えた華楓は俺に別れを告げにやってきてくれた。
二人とも泣きじゃくりながら、
「「絶対、絶対またいつか会おうね!」」
そう指切りをした──
「あ、あの……やっぱり迷惑だよね……時間取らせちゃってごめんね、帰るね」
華楓は、俺が一人で回想にふけっているのを拒絶されていると受け取ったのか、踵を返そうとする。
ここで引き止めなければ俺は後悔する。
直感的にそう思い、元来た道を戻ろうとする華楓をなんとか止めようと、キャリーバッグを握っていない右手首を掴む。
「待て、華楓。俺は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってない。ただ、久しぶりの再会だったのと、いきなり訪ねてきたから驚いていただけだ」
引き止めるのに必死で、つい早口になりながら言う。
「で、でも……」
「大丈夫だから。それに、ここに来たのにも何か事情があるんだろ?」
「う、うん…… 優は凄いね、そんなことまで分かっちゃうなんて……」
「当たり前だ、俺たちは幼馴染だろ?そのくらい分かるよ。事情はあとでゆっくり聞くから、とりあえず上がって」
なんとか平静を保ちながら華楓を家に招く。
これ以上華楓の可愛らしい眼を見ていると、倒れて救急車で運ばれかねないので、とにかく目を逸らす口実が欲しかった。
「うん、ありがと。 優は昔から優しいとこ全然変わってないなぁ。──そういうとこが今もずっと好き……」
「ッ───」
最後に華楓が小さな声で呟いた内容に息を呑んだ。
おそらく俺に伝えるためではなく、独り言のつもりでポロッと言ってしまったのだろう。どうやら俺は難聴系ラノベ主人公にはなれないようだ。俺の聞き間違えがなければ華楓は「ずっと好きだ」と言った。
──なんだよ、俺たち昔からずっと両想いだったのかよ。
あとがき
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