第4話
「それじゃ、この家での大まかなルールを決めていこう」
「うん、わかった」
「よし、まず寝る場所だが、ベッドか布団どっちがいい?」
「んー、私は布団がいいな」
「オッケー、それならリビングに布団を敷くからそこに寝てくれ。」
俺の家の間取りは1LDKと、高校生にはもったいないほど広い部屋に住ませてもらっている。これも両親の勧めで『なにがあるか分からないから』と、この部屋を選んだ。本当になにがあるか分からないもんだ。
だから、リビングに人が十分寝られるほどのスペースは確保できる。
「それじゃあ次に、風呂とトイレは共有スペースでもいいか? 世間がこんな状況じゃなかったら銭湯でも入りに行けたんだが、あいにく全部閉まってるからな…」
「もちろん大丈夫だよ。てか昔一緒にお風呂も入ったことあるじゃん。今さらだよ」
…同棲するにあたって絶対に思い出したくなかった思い出ランキング堂々一位を引っ張り出してきやがった。
今思い出すとその気がなくても意識するだろ。いや、ないことはないが。
華楓に一瞥をくれると、心なしかニヤニヤしているように見えた。
要するに、俺はからかわれたということだ。
ここで動揺してしまうと華楓の思うつぼなので、なるべく平静を保ちながら受け流す。
「ああ、まあそんなこともあったな。それより、もう少しルール決めをしよう」
「……もうちょっと照れてもいいじゃん、つまんないの」
俺が話を逸らすと、華楓は片頬を膨らませながら呟いた。どうやら俺の慌てふためく姿が見られなかったことにご不満のようだ。
それから家のルール決めは滞りなく進んだ。
華楓が少しだけツンツンになった以外は。
「あのー、華楓さん? そろそろ機嫌を直していただきたいのですが」
「んー、じゃあコンビニでケーキ買ってきてくれたら考えなくもないかなー」
「不要不急の外出だし自粛するわ」
「もう! 優のいじわる!!」
怒りながら華楓はポカポカ殴ってくる。
怒ってもなお華楓の魅力は衰えない。いつもは大人っぽくて優美なのに、たまに幼くなるのがとても可愛らしい。
いわゆるギャップ萌えってやつだ。
そのあと俺が平謝りを続けた結果、なんとか許してもらえた(俺は悪くないはずなのに)。
一悶着あったので小腹が空いてきた。
ふと時間を見ると午後5時。大まかな共同生活のルール決めやらなんやらで思ったより時間が早く過ぎていた。
華楓と一緒にいられて楽しいから、というのも大きな理由だと思う。
「そういえば今日の夕飯どうする?カップラーメンか宅配ピザの二択だが」
「自分で料理するって選択肢は…無いね、料理全然出来なかったもんね、ごめん」
哀れみの目を向けられた。
──以前、俺と華楓でお菓子を自作して交換しよう、という流れになったことがある。
そのときも俺はクッキーを丸焦げにしてしまい、とても食べられたものじゃなかった。
対して、華楓が持ってきたカップケーキはふっくらとしていてとても美味しそうだった。
俺は華楓に交換はやめようと申し出たのだが、華楓は「このクッキーは私のために作ってくれたんでしょ? 私も優のためにカップケーキ作ったんだから、交換しないともったいないの」と言って、俺のクッキーをその場で嫌な顔一つせず食べてくれた。
俺は華楓のこういうところに惹かれていたんだな──
「あーあ、いじわるされるまでは私が夕飯作ってあげようとか思ってたんだけどなー」
「え、マジ?食べたい」
ちなみに華楓の料理はめちゃくちゃ美味い。
小学校の料理コンテストで優勝するほどの腕前である。
「えー、どうしよっかなー」
「食べたいです。作っていただきたいです。お願いします」
「ふふん、そこまで言うなら作ってあげなくもないよ?」
「ありがたき幸せ」
「うむ、苦しゅうない」
華楓が楽しそうに笑いながらボケに乗ってくれた。
さっきちょいおこの華楓も良いと言ったが、やはり笑顔の華楓が最高に可愛い。
「あ、でも俺料理しないから食材はほとんど無いぞ」
「なるほど。ちょっと冷蔵庫失礼するよ」
冷蔵庫は案の定ほぼ空だった。辛うじて調味料が少し入っている程度。
「文字通りほとんど無いね。仕方ない、買い出しに行かなきゃ。優、この辺のスーパーに案内してくれる?」
「いいけど、俺だけで行ってこようか?こんなご時世だし」
「大丈夫、二人で行こ。冷蔵庫ほとんど空っぽだったし、結構買うもの多くなっちゃうから二人で行かないときついと思うよ」
「そうか、じゃあ一緒に行こう」
こうして俺と華楓はマスクを着け、スーパーへと向かった。
実質デートだと思ったのはここだけの話。
あとがき
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