第9話 わしの名前は



 半目で呆れたように言われて、隊長はおろか、他のイザナギたちも声を荒立てた。


「化物の分際で、正義の味方気取りか!」

「貴様のような悪しき者の手など借りなくとも、天喰い程度、貴様ごと我らで滅ぼしてくれる!」

「そも、我らに劣る雑魚が何を偉そうに。昨夜、我らの前で無様に血反吐を吐いたのを忘れたか?」

「どうやら鬼は学習能力が無いらしい」

「なんなら、また殺してやろうか」


 この危機的状況で、よくもまあこれだけ憎まれ口を叩けるものだ。


 俺が呆れかえっていると、それは彼女も同じらしい。


 辟易としたため息をつくと、関心を失ったように前を向いた。


「じゃからお主らは、暫定地獄行きなんじゃよ」

『え?』


 彼女に跳びかかる虎型の天喰いが、突然爆ぜた。違う、彼女が、神速の剣技で葬ったんだ。


 軍靴がアスファルトを踏みしめ、赤い学ランが翻った。


 彼女は、イザナギたちを一瞥もすることなく、鋭く疾駆した。


二本の十手を操りながら、向かう天喰いを次から次へと蹴散らしていく様はまさに一騎当千、獅子奮迅の活躍だった。


それで彼女を最大の脅威と捉えたのか、天喰いたちはイザナギたちを無視した。


甲冑の化物たちは、次々に彼女へ振り返り、殺到していく。


いくらなんでも多勢に無勢。


マズイ、と俺は手に汗を握った。


けれど、それは杞憂らしい。


「大盤振る舞いじゃのう!」


 勇ましい声で、彼女は嬉々として笑った。


 両手の十手はさらに鋭く、重く、雄々しく加速して、白銀の不埒者共を、片っ端から粉砕していった。


 天喰いの体は、砕けると雲散霧消して消えてしまう。


 だが、容赦のない鬼の暴虐に雲散霧消が追いつかない。


 辺りは鎧のパーツが雨のように降り注ぎ、地面を覆い尽くしていく。


 白銀の桜吹雪の中で踊る彼女は美しく、その姿に、俺は魅了されてしまう。


 ありていに言えば、惚れていた。


 俺の心は、すでに彼女のものだった。


「隊長、俺らは、どうすれば……」


 イザナギのメンバーは、握った刀を地面に垂らして、ぽかんとした顔だった。


 無理もない。


 きっと、天喰いを倒して人々を守ると、それができるのは自分たちだけだと意気込んで駆けつけたに違いない。


 なのに、まるで蚊帳の外なのだから。


「ふ、ふむ。まぁ化物同士が潰し合ってくれれば僥倖。我らは最後に残ったほうを滅するのみだ」


 隊長が小物臭いことを呟いていると、ビルとビルの間から、巨大なヘビの天喰いが飛び出してきた。


 他の天喰いを飲み込み、共食いをしながら、ソレは鬼の少女に襲い掛かる。


 刹那、赤い影をその場に残して、彼女は飛び上がった。


 大蛇の頭とすれ違い、桜色のロングヘアーをなびかせながら天空へ舞う彼女に天女のような美しさを感じていると、彼女はくるりと上下を反転。


 空に天井があるかのように、天を足蹴にして、地面に向けて体を射出した。


 着地点は、彼女とすれ違い、アスファルトに顔面から突っ込みめり込んだヘビの後頭部だ。


「これでぇ、しまいじゃ!」


 振りかぶった二本の十手を全身のバネに乗せて、一息に振り下ろす。


 脚力、重力加速度に体重、腕力から生み出した運動エネルギーは、天喰いの頭蓋を一撃で粉砕した。


 失った頭部から順に、長大な体が雲散霧消していく。


 まるで、燃え尽きていく導火線だ。


 気が付けば、もう、天喰いは一体も残っていなかった。


 雲散霧消していく天喰いのパーツは粉雪のようで、その中で凛と佇む彼女は、ひと際魅力的だった。


 その彼女が、俺に向かって愛らしい歯を見せながら、快活に笑った。


「待たせたの、えーっと、お主、名前なんじゃっけ?」

「あ」


 いつの間にか、俺は彼女の近くに立っていた。


 彼女の美しさに魅せられて、一歩ずつ、歩み寄っていたらしい。


 まるで、花の香りに惹かれる虫だ。


 照れ笑いながら、息を呑んで答える。


「桜木、春人って言うんだ」

「ふむ、桜に春か。雅な名前じゃの。それに、わしの髪の色とおそろいじゃ。お主とは縁を感じるの」


 桜色のくちびると髪から覗く、白く可愛い八重歯に、赤く綺麗なツノ。


 高鳴る心臓の苦しみに耐えながら、俺は尋ねる。


「それで、お前の名前は?」

「おう、まだ言ってなかったの」


 きょとんとまばたきをしてから十手を腰に挿して、彼女は俺を見つめながら、満開の笑みで咲(わら)ってくれた。


「わしの名前は赤月輝夜(あかつきかぐや)。よろしくの」


 そう言って差し出された手を、俺は飛びつくようにして握った。


 彼女とずっと一緒にいたい。


 俺はもう、それしか考えられなかった。


―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―


 本作、『失恋したハロウィンに鬼娘を拾ったらキスされた』を読んでくださりありがとうございました。

 

 ヒロインの赤月輝夜は最初、大将浪漫な着物に袴姿の予定でしたが、構造がよくわからなかったので赤の学ランにしました。



 他にもいろいろな作品をカクヨムに投稿しているので、もしよろしければそちらもよろしくお願いします。


『闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒英雄』

 1話完結型の旅モノ。最強の傭兵は一人の少女と共に悪党退治。


『ホビット戦争』

 エルフ至上主義を掲げるエルフたちに、ホビット武士団が挑む、復讐戦記。


『サービス終了ゲーム世界に転生したらNPCたちが自我に目覚めていたせいで……』

 推しメンのチュートリアルヒロインと一緒に冒険。


『これはナマクラ天剣使いの俺が世界最強の彼女を救う物語』

 王道異能学園バトルモノ。

 天剣学園の入試で出会ったヒロインを救うために、ハズレ能力のナマクラ天剣使いだけど頑張ります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失恋したハロウィンに鬼娘を拾ったらキスされた 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ