第7話 俺のヒロインがヒーロー過ぎる

 視線で彼女たちの行き先を追うと、何かの行列があった。


 あれは、着ぐるみか?


 俺も、彼女たちのあとを追った。


 少し離れた通りを埋め尽くすように、ずらりと並んでいたのは、動物の姿をした、鎧甲冑たちだった。


 中には、恐竜型の甲冑もある。


 恐竜映画で、ラプトルとか、ディノニクスとか言われているアレだ。


 人間サイズで細身で、だけど前足は割と大きなティラノサウルス、と言えばわかりやすいだろう。


 周りの人たちは、何かのイベントと思っているらしい。


 でも俺は、なんだかすごく嫌な感じを受けた。


 甲冑たちを近くで撮ろうと、スマホ片手に歩み寄った若い女が自撮りを始めた。


 そのコンマ一秒後、恐竜型甲冑の爪が、女の頭をつかみ取った。


 そこからは、まばたきをする間もなく、何かをはぎ取るような仕草で女を地面に倒して、恐竜型甲冑は手の中の何かを食べた。


 地面に倒れまま動かない女に、誰もが瞠目する中、甲冑たちが一斉に吼えた。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』


 それは、聞いたこともない絶叫だった。


 生き物の声とも、地響きともつかない。


 だけど、原初の本能に訴えかけるような、恐ろしい音だった。


 ああ、思い出した。

 そういえば彼女が言っていた。

 現世には、悪鬼を倒しに来たのかと聞いた俺に、彼女は言った。



「いや、もっと悪質な奴らが現世に向かっておる。わしの仕事はそいつらの駆除じゃよ」



 それが、こいつらなのか。


 周りの人々が、悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 俺の本能も、逃げろと叫んでいる。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 家に逃げろ。


 そして、彼女にこのことを報告するんだ。


 いや、スマホで家に電話を入れて、すぐに来てもらおう。


 ポケットからスマホを取り出そうとして、もたついた。


 生地に引っかかって、スマホが出てこない。


 恐竜型甲冑の一体が、俺に向かって駆けてきた。


 急げ急げ急げ!


 急ごうとすればするほど、体は精密さを失い、スマホを取り出せたと思ったら、勢い余って地面に落としてしまった。


「うあっ!」


 スマホを回収したい気持ちと、数メートル先まで迫った化物の危険性を天秤にかけて、逡巡したことで、俺の命運は尽きた。


 今から逃げても間に合わない。


 車にひかれる直前の猫みたいに、俺の体は硬直して、死の瞬間を待った。



「すまん、遅くなった」



 赤い軍靴を履いた足が、俺の視界を斬り裂いた。


 恐竜型甲冑は踏み潰されて、アスファルトにあごから激突して頭を踏み砕かれていた。


 犯人はもちろん、俺が会いたくて仕方なかった、あの少女だった。


 名前を呼びたくて、でも知らなくて、なんて呼んだらいいのかわからず、声が喉で引っかかっていると、彼女は笑顔で振り返った。


「うむ、生きとるようじゃの。待っておれ。今かたすからの」


 無敵の笑顔が見せた頼もしさは底なしで、俺は彼女に惚れてしまう。


 やっぱり、この子いいなぁ。


 けれど、その笑顔がすぐに曇った。


「んう? 奴らも来たか」


 彼女の視線は、俺の肩を乗り越える。


 振り返って、俺は息を呑んだ。


 背後の通りには、昨夜の男と同じ、白学ランみたいな制服を着た集団が、ずらりと並んでいたのだ。


「な、あいつら……」


 もう一度振り返ると、甲冑の化物たちが、何故か一斉に俺ら目掛けて殺到してくる。


 逃げ惑う他の人たちには、目もくれない。


 前門の虎、後門の狼どころじゃない。


 悪鬼よりも凶悪な化物の軍勢に、昨晩、彼女を追い詰め半殺しにした武装集団。


 終わりだ。

 勝ち目がない。


 白学ランの集団が次々に抜刀する中、俺は全身の力が抜けて、倒れないようにするだけで精いっぱいだった。


 白学ランたちが、一斉に走り出した。


 刀を振り上げて、雄叫びを上げながら迫る武装集団。


 牙を鳴らし、咆哮を上げながら迫る化物の集団。


 絶体絶命のピンチに、俺が呆然とすると、先にたどり着いたのは武装集団の方だった。


 昨夜の出来事を思い出しながら、刀で斬り殺されるのかと思った矢先、


「行くぞ皆の者! 天喰(あまぐ)いを滅ぼせぇええええええ!」

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 白学ランの武装集団は、俺らを通り過ぎて行った。


「え? え?」


 首を右往左往させながら、俺は左右を通り過ぎる連中を見回した。


 それから振り返ると、白学ランたちは、甲冑の化物たちに斬りかかっていた。


 虎型。

 熊型。

 狼型。

 人型。

 鰐型。

 蛇型。

 鳥型。

 そして果ては恐竜型。


 動く甲冑たちに、日本刀を振り下ろす白学ランの集団。


 そんな、非日常的な光景にまばたきを忘れながら、俺は呟いた。


「なんで……あいつら、悪もんじゃねぇの? お前の敵だろ?」

「少し、違うの。あやつらはわしの敵で、お主ら人間の味方じゃよ」


 酷く冷静な顔で、そして高みの見物をするような口調で、彼女は解説を始めた。

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