第8話 鬼娘、始動!
酷く冷静な顔で、そして高みの見物をするような口調で、彼女は解説を始めた。
「霊能集団イザナギ。お主のように霊力の高い人間が修行し、悪霊悪鬼魑魅魍魎共を駆逐する術を身に着けた霊能者たちの組織じゃ。その目的は破邪顕正。邪悪を払い、日本の平和を守ることにある」
「じゃあ、なんで昨日はお前を殺そうとしたんだよ。鬼の目的だって破邪顕正だろ? 悪人を裁いて、俺らを守ってくれているんだろ?」
「思想の違いじゃ」
鷹揚に目を細めて、鬼の少女は、大人びた声音で語り掛けてくる。
「奴らが守るは人の世。人ならざる者は全て滅すべし。それが奴らの教義じゃ」
彼女の視線が、ゆっくりと俺を捕らえる。
その眼差しは冷たく、どこか寂しげだった。
「そんな、そんなの酷いだろ。だってお前は、あの化物から俺らを守るために来てくれたんだろ? なら、協力して戦えばいいじゃないか」
冷たい表情のまま、彼女は口角をミリ単位で上げた。眼差しは、心なしかやわらかくなる。
「まぁ、わかりやすく言うと、わしは宇宙人なんじゃよ。どこぞの国が日本に攻めてきた時、突然宇宙人が日本の味方をするからしばらく居座らせろと言ってきて、はいそうですかと信用するものか。イザナギの連中は地獄に来たことも、鬼とまともに交流したこともないのじゃ」
「でも、だからって何もしていないお前を斬り殺そうとするのはおかしいだろ!」
俺が声を荒らげると、彼女は鼻で笑った。
「はっきり言うの。まぁ、じゃからわしもあいつらが嫌いじゃ。そのくせ、天界の仏や天女のことは崇めるのじゃから、思考が停止しとる。天界に行ったこともないのにの。まぁ、人は外見に心を支配される存在。原因は、これじゃろうな」
言って、彼女は自身の頭から生える、赤いツノに触れた。
俺は、そのツノは綺麗でいいと思う、と言おうとして、彼女の言葉に遮られた。
「そして今、奴らが戦っておるのは【天喰い】三千世界を渡り歩き、魂を喰らう化物じゃ」
「あまぐい?」
三千世界って、確か仏教用語だよな。
三千世界は千の三乗。
1000×1000×1000で10億個の宇宙が存在するって意味だ。
つまり、あいつらは異世界から来たってことか。
「かつて、天を喰らおうとし、地に落とされ、地上の魂を食い尽くす度、天へ喰らいつく、食欲の化身じゃ。奴らに対抗できるのは、霊的な力を持つ者のみ。この世では、イザナギ達だけじゃろ」
「え、でも……」
イザナギたちと、天喰いの戦いに目をやる。
イザナギたちの刀は、天喰いたちの鋼の肉体と何度も打ち合い、両断する。
両断された天喰いの体はパーツごとに分解して、崩れ落ちる。
甲冑の中は空っぽで、黒い霧のようなものが雲散霧消する。
けれど、イザナギの白学ランは、真っ赤に染まっていた。
デザインは違うけど、まるで、鬼の少女の学ランだ。
息も絶え絶えに天喰いの軍勢と戦いながら、イザナギは一人、また一人と、地面に倒れ、動かなくなっていく。
最初は同数程度だった両者だが、その差は、みるみる広がっていった。
「やはり、連中では力不足か」
気だるげに言って、鬼の少女は両手を軽く上げると、一息に振り下ろした。
ヒュッ、と風切り音が鳴ると、左右の手にはそれぞれ、奇妙な武器が握られていた。
一瞬、イザナギたちと同じ刀かと思ったけれど、違った。
刀身の根元には、相手の攻撃を受け止めるような、L字型の鉤がついている。
宵闇の中でもなお、黒く輝くクロガネの刀身に刃はなく、まるで細長い鉄の板だ。
十手(じって)。
時代劇なんかで、江戸の治安を守る役人、岡っ引きが持っているアレだが、彼女が両手に握るのは、それを数倍にスケールアップさせたようなシロモノだった。
「それは……」
「ん? 何を言っておる。わしは鬼じゃぞ。なら、得物は決まっておろう」
肩越しに俺を見つめながら、彼女はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「これが鬼の、【金棒】じゃ!」
少女の体が加速。一瞬で地を駆け、天喰いの軍勢へと迫った。
埒外の加速力に、息を呑んだ。
「くそぉ、このままじゃ」
「弱音を吐くな! 我らはイザナギ! この日本国を守る要ぞ!」
部下の泣き言に、隊長らしい年配の男性は、自身も天喰い相手に刀を振るいながら喝を飛ばした。
「隊長! 第五、第七分隊、全滅! 一度退くべきです!」
その報告に、隊長は天喰いの爪と鍔迫り合いながら、歯を食いしばる。
「ぐっ、物の怪に背を見せられるか! 総員、乾坤一擲、玉砕覚悟で奮戦せい!」
隊長の怒声に続くように、彼女は言った。
「小僧ができもせんことをほざくでない」
隊長の横を通り過ぎた彼女は、天喰いとすれ違いざまに十手で一撃。
恐竜型の天喰いは、粉々に砕け散った。
隊長の眼は大きく見開かれ、彼女を瞠目した。
「貴様、生きておったのか……」
「生憎と、貴様らボンクラと違って見る目のある男に助けられての。それより、お主はもう下がっとれ。あとはわしが片す」
半目で呆れたように言われて、隊長はおろか、他のイザナギたちも声を荒立てた。
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