第6話 早くあの子に会いたいな
「それに、昔読んだ漫画にも書いてあっただろ? 戦いは同格同士でしか起こらないって」
俺も、その通りだと思う。
人間がアリを踏み潰すことを、戦いとは呼ばない。
ストーカーから恋人を守ることを、恋の勝負に勝ったとは言わない。
そして一流の競技者は、三流競技者の存在なんて意識していない。
一流の視線は、空を向いている。
三流を見下して勝利の美酒に酔うのは、同じく三流の証なのだ。
「地味でダサくて冴えない俺なんかに構っている時点で、あいつらも俺と同レベル。底辺だよ」
しかも、あいつらが凸してくれたおかげで、あれからクラスの連中に絡まれることもなかった。
ただし、クラスの匿名裏グループは大盛り上がりだった。
さっきから、LINE上で俺への悪口が止まらない。
「みんな俺らと変わらないってことか」
スマホを見ながら、佐藤が毒づいて、渡辺も続いた。
「みんな、自分に自信がないんだなぁ」
渡辺のため息に、俺も息をついた。
「俺らぐらいの年で自分に自信があるほうが珍しいって。テレビから取材を受けるような天才少年でもない限り、な」
子供みたいに、無限の可能性を信じられるわけでも、大人みたいに自分のことを自分で決められるわけでもない。
あらゆるフィクションの主人公は、たいていが高校生だ。
大人も子供も、青春真っ盛りの高校時代に憧れる。
でも、俺から言わせれば高校生なんて、子供と大人の悪い所取りでしかない。
ふと、彼女が言っていた言葉を思い出す。
そういえば、俺って規格外の霊力を持っているんだよな。
自分にそんな特技があるとは知らなかったけど、それを使って俺は何者かになれるのだろうか?
ちょっと考えて、ないなと思う。
まず、師匠がいない。
俺はオカルトを信じない。
彼女に出会った今は信じているけど、テレビに出ている自称霊能者はインチキだろう。
たぶん、本物の霊能者は、昨晩の刀の男みたいな連中だろう。
でも、霊能者の仕事が、彼女を殺すことなら、俺はそんな連中の仲間にはなりたくない。
それに、日本刀片手に悪霊退治、なんてマンガの主人公みたいでカッコイイと思う反面、俺に務まる仕事じゃないと思う。
傷ついた少女を助けるために、果物ナイフで指先を切ることすら躊躇った俺に、血まみれの暴力刃傷沙汰なんて無理だろう。
限界異能バトルは、安全圏の読者としてフィクションを楽しむのに限る。
「桜木、今日帰りにカラオケ行こうよ」
スマホ画面を眺めていた渡辺が、顔をしかめてからスマホをしまい、そう言った。
よほど酷いことが書かれていたんだろう。
誘いは嬉しいけど、今日は早く帰って、彼女と話がしたい。
俺は、まだ彼女の名前も知らないんだ。
「いいな、行こうぜ桜木。おごるからさ」
「え?」
「お前は鶴見さんに堂々と告った勇者だからな。その偉業をたたえて、な」
佐藤は歯を見せて、ニカリと笑った。
相変わらず、いい奴だ。
こいつがモテない理由がわからない。
世の女子は、見る目が無さすぎる。
「そうか、じゃあ行くか、カラオケ。ぱーっと歌おうぜ」
友人たちの優しさに、俺は甘えることにした。
彼女は、力の回復にはまだ半日かかると言っていた。
勝手にいなくなったりはしないだろう。
彼女とは早く話したいけど、早く帰らないと困ることがあるわけじゃない。
なら、佐藤と渡辺と遊んだっていいはずだ。
俺は、昼飯のカツサンドをかじった。
◆◆◆
カラオケで歌うこと二時間半。
他に寄りたいところがある佐藤と渡辺とは、店の前で別れた。
流石に、彼女のことが気がかりだった。
外は真っ暗で、街も人通りが少なくなっている。
繁華街は今でも人でごった返しているだろうけど、いくつかブロックをまたげばこんなもんだ。
最寄り駅に向かって歩いていると、不意に胸がうずいた。
カラオケで三人で歌っている時は気にならなかったけど、帰るとなると、急に気持ちがはやってきた。
彼女に会える。
それが、まるで恋人との待ち合わせ場所に行くようなワクワク感をくれた。
美人で、義理堅くて、料理が上手くて、俺と親し気に話してくれる女の子。
それだけで、ドキドキしてくる。
俺ってばなんて単純で安い奴だろう。
でも、男はみんな単純で安い奴なのだ。
俺が規格外の霊力を持っているなら、彼女の仕事を手伝えるだろうか?
それは痛そうだから嫌だな。
でも、彼女がここにいる間、住まいを貸してあげたいな。
彼女の仕事が長引けばいいのに。
昨夜、鶴見さんにフラれたばかりなのに、俺はもう、鬼の少女に気持ちが傾いていた。
むしろ、フラれたばかりで心が弱っているからこそ、ちょっと優しくされただけでもなびいてしまう。
それが、とびきりの美少女となればなおさらだ。
浮気でも二股でもないぞ。だって俺は鶴見さんにフラれたんだから!
言ってて悲しいけど完膚なきまでにフラれたんだから!
「ごめんなさい。桜木君とそういう関係になるのは……ちょっと」
とか言われたんだから!
心の中で、ウザいぐらい言い訳をしていると、自然と駆け足になる。
とにかく、今は一秒でも早く、彼女に会いたかった。
そして、俺の口元に笑みがふきこぼれた途端、悪寒が背筋を貫いた。
同時に、誰かが言った。
「ねぇ何あれー?」
「なんかのイベント?」
「行ってみよ」
若い女の子たちが、スマホを手に、通りを指さして駆けていく。
視線で彼女たちの行き先を追うと、何かの行列があった。
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