第5話 クラスカースト1軍より強い3軍

 すると、実家が金持ちの松田が、サッカー部の山上と一緒に歩いてきた。


 その様子を、読者モデルをやっている女子の藤原が、自分の席から愉快そうに眺めている。


 三人とも、うちのクラスでは中心的な位置にいる生徒だ。


「おい桜木。お前、鶴見さんに告白したんだって? え、なに、もしかしてイケると思ってんの?」

「うわぁ寒いわぁ、むしろ痛いわぁ」


 やれやれ、他人を下げないと息ができない奴は暇だな。


 俺がなじられる様を、藤原は楽しそうにニヤニヤと笑って見ている。


「なんでお前らが知っているんだよ。ストーカー?」

「ちげーよバーカ。今朝回ってきた画像。これ、お前だろ?」


 松田が見せてきたスマホの画面には、確かに、俺がアスファルトに座り込んでいる写真が写っていた。


 余白部分には、『鶴見さんに告ってフラれるドンキホーテ桜木』と書いている。


「驚いたな」

「だろ?」


 松田と山上のニヤニヤが、一層深くなった。


「ストーカーと盗撮が趣味の犯罪者にドン・キホーテを読む趣味があるとは思わなかったな。セルバンテスも予想だにしなかっただろうぜ」


 松田と山上が、「は?」とまばたきをした。


「ドンキホーテを読むって、激安店を読むってお前何わけわかんねーこと言ってんだよ?」


サッカー馬鹿の山上が、己の阿呆ぶりを晒していた。


「ドン・キホーテはスペイン小説家セルバンテスが書いた騎士物語だよ。空想と現実の区別がつかなくなった騎士が、風車を巨人と思い込んで突撃して怪我をするんだ。もっとも、喜劇じゃなくて悲劇なんだけどな」


 風車の話ばかりが引用されるせいで、おバカ騎士の珍道中かのように思われることがあるドン・キホーテだが、実際は夢に憧れ理想を追い求めるも、何も得られずに終わる、悲しい夢追い人の話だ。少なくとも、俺はそう解釈している。


「いやそんなこと知らないしウザ。でも空想と現実の区別がつかない頭のおかしな奴ってのは当たってるんじゃないか?」

「そうだな。お前みたいな最底辺が鶴見と付き合えるわけないだろ。いいか桜木、優しい俺がお前の将来を心配して教えてやるよ。お前の運命の相手は右手だよ!」


 山上の下ネタに、俺は頭が痛くなってくる。藤原は腹を抱えて笑っている。


「それはダーウィン賞でも取れってことか?」


 松田の表情が曇った。


「は? なんでお前みたいな馬鹿がダーウィン賞なんて取れるんだよ。学年主席の俺ならともかくな」


 誇らしげに言いながら、松田は親指で自身の胸を指した。


「よっ、未来の東大生」


 隣で、山上が合の手を入れる。


「つまり、ダーウィン賞は松田にこそ相応しいんだな」

「当たり前だろ。まっ、俺が生物学部を専攻するかはまだわからないけどな」


 得意げに語り、教室の注目を集める松田に、俺は驚いた顔を作った。


「へぇ、凄い自信だな。じゃあ一生独り身頑張れよ」

「独り身って、なんでだよ?」

「だってダーウィン賞って、子供を作らないまま死んで未来に馬鹿な遺伝子を残さなかった人に与えられる賞だぞ」


 松田と山上の口が、ぽかんと開いた。


 教室が、一気に静寂に包まれた。


 たぶん、進化論を提唱したダーウィンの名前がついているから、ノーベル賞とか直木賞とかアインシュタイン賞みたいなものだと思ったんだろう。


 ちなみに、生物学で優秀な功績をおさめた人に与えられるのはダーウィン・メダルだ。


「てめぇキモいんだよ!」


 顔を真っ赤にする松田の横で、山上が怒鳴ったところでチャイムが鳴った。


 先生が入ってくると、二人は舌打ちをして席に戻った。その直前、俺の机を意味もなく蹴るのを忘れない。


 何か言われても、足が当たっただけとか言えるから楽だよな。


 マナーモードにしたスマホが震えた。


 相手は、友人の佐藤の渡辺だった。


 佐藤『お前よくやるなぁ』

 渡辺『僕ならあんな冷静に返せないよ』

 桜木『あいつらが何言っても負け犬の遠吠えだしな』

 佐藤『負け犬って、あいつら勝ち組だろ?』

 桜木『いや、負け犬だよ』


 そうメッセージを送って、俺はLINEを締めくくった。



   ◆◆◆



 昼休み。

 購買でパンを買ってから、俺と佐藤と渡辺は、体育館裏の段差に座って食べていた。


 体育館裏だと言うのに、告白も決闘もないとは理不尽な。


「そういや桜木、あいつらは負け犬ってどういうことだよ?」


 定番の焼きソバパンを食べながら、佐藤が聞いてくる。


 渡辺も、顔を覗き込んできた。


「弱い犬ほどよく吠えるってことだよ。自分に自信が無いから、他人を攻撃して自分は強いんだって自分に言い聞かせてプライドを保とうとする。山上はサッカー部のレギュラーだけど、うちの高校は十年以上も全国に行ったことが無い弱小で、プロや大学の推薦を獲れるわけじゃない。松田も、学年主席の成績は大したものだけど、志望校に落ちてこの学校に来たらしいしな」


 つまり、クラスカースト一軍に見えて、二人とも不安なのだ。自分の将来が。家でも、きっとあまりいい状態にないのだろう。


「それに、昔読んだ漫画にも書いてあっただろ? 戦いは同格同士でしか起こらないって」



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今日中に順次アップします。


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