第4話 天使のような鬼娘の手料理バンザイ
「ん、それともあれかの。言葉巧みにわしを誘導して、肌を見ようという策略かの?」
「ち、ちげぇし……ただほら、鬼ってトラ柄のパンツ一枚のイメージがあったからさ」
「千年前の服装じゃよ。今どきそんな恰好、わしの姉でもせんわ」
鬼にも姉とかいるんだな、というどうでもいい情報を得つつ、俺は納得した。
つまり、外国人から「日本人なのになんで着物着ていないんですか?」と言われるようなものなんだろう。
「わかった。とりあえず俺の服を貸すよ」
言って、タンスからてきとうな服を見繕った。
白い靴下とジーパン、それに、下着のシャツと、黒のパーカーを投げ渡した。
「じゃ、着替えてくれ」
部屋を出て、俺は洗面台に向かった。
それから歯を磨きながら、彼女について考えをまとめた。
とりあえず、着替え終わったら話を聞こう。
彼女が鬼という話は、九割がた信じている。
飛ぶ斬撃。
俺の体を操ったであろう術。
数分で塞がった傷口。
これだけそろえば、信じる気にもなる。
俺は、そんなことあるわけがない、という言葉が嫌いだ。
どんなことでも、目の前で実際に起こっているなら、それは受け入れるべきだと思う。
そのせいか、マンガなんかで、主人公が常識にとらわれた敵役を、奇策で打ち破っていく内容が好きだったりする。
歴史上の人物で一番好きなのも、織田信長だ。
宣教師が地球儀を見せて、世界が丸いことを紹介すると、家臣たちは世界が丸いわけがないと笑ったが、信長だけは「なるほど理にかなっている」と一目で受け入れたらしい。
歯を磨いて、顔を洗って、リビングへ顔を出すと、対面キッチンに立つ彼女の姿が見えた。
美少女が俺の服を着ている。
そのシチュエーションに、ちょっと興奮した。
なんというか、一種の征服感がある。
「お、来たな。炊飯器の使い方を教えてくれるかの? あと、エプロンがあれば貸せい」
「え、ご飯作ってくれるの? ていうか炊飯器知っているんだ」
「お主には世話になったからの。それと、地獄もハイテク化しておるからな。なぜ地獄だけ中世時代で止まっていると思うんじゃ。わしの家にはスマホもパソコンもネット環境もあるし、友人の家にはルンバが走っておるぞ」
「お前の家にはないのか?」
「ないぞ。前にうちの鶏の尾羽をゴミとまちがってむしり取ろうとしたのでな、タンスの肥やしにしておる」
部屋で鶏飼っているんだ。
さっきから、こいつの家庭環境がちょいちょい見えてくるのが楽しい。
鬼っていうから、もっと物々しいのを想像してしまった。
でも、地獄がハイテク化しているのは助かる。
マンガのお約束よろしく、異邦者がテレビに驚いて攻撃する、とかいう面倒なことにはならなさそうだ。
「まっ、こっちにはアンテナがないから地獄のスマホは使えないがの。この炊飯器、早炊きはできるのか?」
「おう、あとこれ、エプロンな」
戸棚の引き出しから、母さんのエプロンを取り出すと、彼女に手渡した。
彼女はエプロンを受け取ると、慣れた手つきで頭を通してから、後ろ髪をかきあげて首ヒモの外に出す。
その仕草に、ぐっと来た。
俺の服を着ていることもあって、まるで同棲中の恋人みたいだと思った。
続けて、手早く髪をいじり、いつの間にか、ハーフアップ、という髪形を作り、整える。
ブレードアートオンラインのアスミとか、
涼宮ミハルの憂鬱の夜倉さんとか、
ラノベのヒロインがやる、あの髪型だ。
鏡も見ずによくやるな。
「よし」
髪を整えてから、くるりと振り返り、俺に背中を向けながら、後ろ手に腰ひもを結び始める。
背中からウエストにかけての綺麗なラインや、男物のジーパンの生地がぴんと張るヒップラインが、ぐさりと心臓に突き刺さる。
イイ。
すごくイイ。
肩越しに背中側を見るのも、見返り美人ぽくてダブルでイイ。
未だかつて、我が家のキッチンがここまで素敵な空間になったことはない。
この少女を助けてよかったと、心の底から思えた。
◆◆◆
30分後。
我が家の食卓には、わかめと豆腐の味噌汁、白米、それに目玉焼きが並んでいた。
目玉焼きは、黄身の表面に白い幕が張っている、作るのがちょっと面倒なやつだ。
しかも、テーブルに置いた時の揺れから、半熟であることがわかった。
こいつ、料理できる系女子なんだな。
美人でスタイル抜群、義理堅くて料理ができる。
もう、うちのクラスの女子が束になっても勝てないほどの魅力に満ち溢れていて、口元がにやけてきた。
「ほれ、茶じゃ」
湯飲みに注いだ緑茶を、トンと音を鳴らしながらテーブルに置く。
エプロン姿で給仕をしてくれる美少女に、心のタガがゆるんでしまいそうだった。
彼女は自分の分の朝食も置くと、俺の前の席に腰を下ろした。
そして、膝の上に手を重ねて、上品な動きで頭を下げた。
「いただきます」
伏せた美貌を上げると、右手で箸の中央をつまんで持ち上げ、左手を前半分に沿えて支えながら、今度は右手を返して、下から箸を持った。
その美しい所作に、思わず見とれてしまう。
育ちの良さを感じさせる、迷いのない動き。
きっと、幼い頃から、当たり前のようにそうしてきたに違いない。
「ところでお主、体に問題はないか?」
「え? 俺は平気だけど」
「そうか。人の体を操ったのは久方ぶりだったからの。成功したようで安心したぞ」
「ああそうだ。それ、鬼の術なのか?」
ご飯を口に入れてから、ちょっと前のめりになって訊いた。
「うむ。鬼は人間の霊能力者よりも技持ちだからの。その辺は日本昔話にも出ておろう。瓜子姫に化けた天邪鬼や、こぶとりじいさんのこぶを血も出さずに摘出した鬼の話とか」
「確かに」
「まぁ、霊力が高い者に抵抗の意思があれば失敗するがの。お主の霊力は規格外じゃが、抵抗の意思がないから成功した」
「霊力が規格外って、俺、幽霊とか見えないぞ?」
正直、そんな特技があったら、もっと人気者になれている。
「霊を見るのは霊視という技術じゃ。いくら運動神経がよくてもルールを知らない競技はできんじゃろう。生まれつき見えるものは、そういう体質であり霊力の高さとはまた別じゃよ」
「そういうもんなのか?」
「そういうものじゃ」
あっけらかんと言ってくる。
「お主の霊力が規格外の証拠に、昨夜、あの男の霊撃を粉砕したじゃろ」
「霊撃って、あの飛ぶ斬撃のことか? 確かにキック一発で消し飛んだけど、俺、あんな技使えないぞ?」
「それは今まで、霊的なモノに攻撃したことがないから気づかなかっただけじゃろうな。あれが霊撃で助かったわ。本身で斬りかかられていたら、お主の足は真っ二つじゃ」
お茶をすすりながら、少し考える……。
「それはつまり、俺は生まれつき滅茶苦茶霊力が高くて、俺のパンチやキックには霊的な破壊力がある。だけど物理的な破壊力はないから、今までは気づかなかった。そして霊撃は霊力でできているからキックで壊せた。でも霊力をまとった刀は、霊撃は壊せても物理的な刀身の切れ味は殺せないから、足を斬られる、てことか?」
「その通りじゃ。お主、呑み込みが早いの。そういう男は好きじゃぞ」
「バ、バトルもののマンガやラノベで、この手の設定は慣れているからな」
好き、と言われて、ちょっと舞い上がる。
男って、悲しいくらい単純だよな。
「まぁ実際には、霊撃に物理的な破壊力を持たせることもできるんじゃが、それにはコツがいる。修行をしていないお主には無理じゃろ。ところでお主、学生か?」
「ああ。高校に通っている」
「始業時間は大丈夫かや?」
「え?」
時計を見ると、あまり余裕のある時間ではなかった。
急いでご飯を食べれば、一応間に合うぐらいの時間だ。
「やば、話の続きは帰ってからで頼む」
「わかった。わしも、回復にはまだ半日はかかる。それと、この時代の知識を知りたい。テレビと部屋の本を見てもよいか?」
「ああ、それは構わない」
ご飯をかきこみながら、返事をした。
せっかくの手料理なのに、ゆっくり味わう暇がなくて残念で仕方ない。
それでも、十分すぎる程においしいのがよくわかる。
やっぱり、こいつ料理できるんだな。
こんな子が彼女だったら、最高なんだけどなぁ。
「洗い物はわしがやっておく。飯を食ったらすぐに出かけてよいぞ」
本当に最高なんだけどなぁ!
「ありがと。昼は家のもの好きに食ってくれ」
「では、握り飯でも作らせてもらうかの」
なんて欲のない子だろう。
鬼どころか天使である。
軽く感動してしまった。
◆◆◆
天使のような美少女を家に残して、俺は学校に到着した。
そう言えば、まだ名前、聞いていなかったな。
それどころか、俺も名乗っていない。
帰ったら、すぐに名前を聞こう。
そう誓いながら玄関で上履きに履き替えると、尻ポケットでスマホが震えた。
LINEの相手は、中学からの友人である、佐藤と渡辺だった。
渡辺『逃げて桜木。昨日、鶴見さんに告ったのバレてるよ』
佐藤『お前がアスファルトに座り込んでいる写真も出回ってる』
渡辺『いま教室に来たら地獄だよ』
佐藤『ほとぼりが冷めるまで病欠しろ。先生にはオレから上手く言っておく』
マジか……。
少し、当惑した。
ていうか、なんで写真とか撮られているんだよ。
昨日は、周りに誰もいなかったはずだ。
盗撮とストーキングの犯人を予想しながら、迷った。
渡辺の言う通り、いま、教室へ行けば何を言われるかわからない。
しばらく病欠する、という佐藤の助言が、なかなか魅力的な提案に思えた。
でも、それではなんの解決にもならないだろう。
何日も休むのは現実的じゃないし、2、3日休んでから登校すれば、フラれたショックで休んだと根も葉もない噂までセットになって、二倍いじられるに違いない。
なら、さっさといじられてネタを過去のものにしよう。
そう決意して、教室に向かった。
あえて、なんでもないという顔を作って。
教室のドアを開けると、みんなが一斉に俺に注目してきた。
佐藤と渡辺は、心配そうな顔で息を呑んだ。
気にしないで、自分の席に座る。
すると、実家が金持ちの松田が、サッカー部の山上と一緒に歩いてきた。
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