失恋したハロウィンに鬼娘を拾ったらキスされた
鏡銀鉢
第1話 ハロウィンにフラれました
高校一年のハロウィンに、俺は初恋を失恋した。
相手は入学式の日から、ずっと思いを寄せていた鶴見翼佐(つるみつばさ)さんだ。
下ろせば腰まで届きそうな黒髪を複雑に結び合わせて、頭のうしろでまとめたシニヨンヘアーが特徴的な、美人さんだ。
性別学年生徒教師を問わず、鶴見さんは人気があり、俺も大好きだった。
一方で、どこか浮世離れしたところがあって、みんなは近寄りがたかったらしい。
何せ彼女は、国民的アイドルの名前はおろか、グループ名すら知らないのだ。
鶴見さんてこんなことも知らないの? と聞かれたときは、だって興味ないんだもの、と即答した猛者だ。
みんなは引いていたけれど、俺の胸は高鳴っていた。
以来、みんな、口々に鶴見さんの美貌を噂するくせに、交流しようとはしなかった。
みんな、鶴見さんのことは別世界の人間のように扱っていた。
でも、俺はむしろ、鶴見さんに強い親しみを持っていた。
鶴見さんは、そこらの女子とは何もかもが違ったからだ。
クラスの女子はミーハーだ。
流行を追いかけ、皆が良いと言うものを褒めたたえ、芸能人がすすめるものを盲目的に信奉し、みんなと同じであることを良しとした。
おまけに、いわゆるクラスカースト上位の生徒の腰ぎんちゃくになることに安心感を覚えるという、始末に負えない価値観まで常備していた。
絵に描いたようなステレオタイプの日本人。
俺は、そんな気風に馴染めなかった。
だけど鶴見さんは違う。
流行を知らず、他人に流されず、筋の通った良識で物事の良し悪しを判断する。
陽キャにも陰キャにも分け隔てなく、自分を妬む女子にすら優しい。
そしてクラスカースト上位者からの不況を買っても気にしない。
なんて素晴らしい女の子だろう。
クラスの女子なんて、食う、着る、遊ぶの三大欲求をむさぼり、男を顔と金とファッションセンスでしか判断しないのに、そこらの有象無象とは大違いだ。
鶴見さんならきっと、俺のことを差別なんてしないだろう。
顔が並でも運動ができなくても金がなくても冴えない地味男子でも、鶴見さんなら俺の中に眠る、溢れんばかりの勤勉さと高潔な魂を見抜き、正統な評価をくれるに違いない。
そう信じて、俺は恋の爪を研ぎながら、日夜告白のチャンスを待ち続けた。
チャンスが巡ってきたのが、ハロウィンの今日だった。
うちの高校では、ハロウィンに文化鑑賞会と称して、放課後に体育館で映画を観ることになっている。
それが、なんと恋愛映画だった。
六時間目が終わり、体育館で映画を観終わった後は、みんなロマンス気分が抜けず、空気が違った。
しかも、このタイミングで、俺と鶴見さんの通学路が重なっていることがわかった。
どうして今まで気づかなかったのか、それとも今日はこっちに用事でもあったのだろうか。
同じ地下鉄に乗って、同じJR線に乗り換える頃には、同じ学校の生徒は一人もいなかった。
これはもう、神様が告白のお膳立てをしてくれているとしか思えなかった。
俺は、最寄り駅よりも一つ手前の、鶴見さんと同じ駅で降りると、薄暗く人通りの少ない駅の前で、鶴見さんに声をかけた。
鶴見さんが振り返ると、街灯が点滅しながら明かりを灯して、彼女をライトアップしてくれた。
夜の世界でただひとり、スポットライトを浴びる彼女は、普段の五割増しで綺麗に見えた。
俺は緊張で震える手を握りしめ、焦燥感で乾く口内で奥歯を噛んで、自分を奮い立たせた。
そして、入学してから半年、考えに考え抜いた告白のセリフを口にした。
すると、鶴見さんは一言。
「ごめんなさい。桜木君とそういう関係になるのは……ちょっと」
ズガガガガガガガガ~~~~ン
と、衝撃が頭に押し寄せてきた。
「じゃあ私、急いでいるから」
そう言って小走りに立ち去られたのがトドメだった。
奈落の底に落ちていくような感覚は錯覚なんかじゃなかった。
膝に力が入らず、本当に俺の体はアスファルトに崩れ落ちた。
地面に手をつきながら、肺の空気が根こそぎ漏れていく。
そのまま、俺は小一時間、その場にへたり込み続けた。
途中、野良猫が警戒もせずにのこのこと歩み寄ってきて、にゃ~と鳴いた。
警戒にも値しないと思われたのだろう。
鶴見さんをライトアップしていた街灯が点滅して消えると、俺は我に返った。
気が付けば、辺りは夜の藍色に塗りつぶされて、月が俺のことを見下ろしていた。
「…………帰ろう」
何もかもが嫌になって、力なく、そう漏らした。
駅には戻らず、一駅分歩くことにした。
幸い、アニメの主人公宅よろしく、うちの親は転勤族で、家に両親はいない。
帰りが遅くなっても、心配してくれる家族はいない。もうほんと、涙が出るぐらい幸いだ。
それに、今はとにかく、歩きたい気分だった。
十月の冷たい風が、心に響く。
ただでさえ沈み切った気分に拍車がかかる。
拍車がかかると、鶴見さんの言葉を思い出す。
「ごめんなさい。桜木君とそういう関係になるのは……ちょっと」
ちょっと、ちょっとってなんだよ。
言葉には出せないぐらい、辛辣な理由があるのか?
顔か? 金か? ファッションセンスか? 運動神経か?
他に好きな人がいるなら、そう言うだろう。
言わないということは、俺自身に問題があるからなのか?
結局、鶴見さんもクラスの女子たちと同じなのか?
ネガティブパワーが溢れて止まらない俺は、無実の鶴見さんのことを好き勝手責め立てた。
でも、すぐに空しくなった。
やめよう。
鶴見さんは悪くない。
俺が鶴見さんの好みじゃなかった、それだけだ。
所詮、現実なんてこんなものだ。
そうだ。
ここは現実、学校で見た映画とは違う。
世の中に、高校時代の恋が、まして初恋が叶う男子がどれだけいるだろう。
むしろ、初恋と高校時代の恋は叶わないぐらいに思ったほうがいい。
そうしてみんな、大人になって、社会に出てから知り合った女性と結婚するんだ。
今は辛くても、大人になってから思い出す心のアルバムが増えたと思えばいいじゃないか。
自分にそう言い聞かせると、賑やかな声が聞こえてきた。
ふと、曲がり角で首を回すと、隣町のアーケード商店街の入り口だった。
屋根のライトに守られた商店街は夜でも明るく煌びやかで、思い思いのコスプレをした人たちで溢れかえっていた。
あぁ、そういえば今日はハロウィンだっけ。
ここ数年、ハロウィンは、日本では人気のイベントだ。
特に、クリスマスやバレンタインと違って恋人がいなくても騒げるからと、多くの人が参加している。
まぁ、俺はそんな日に失恋したわけだけど。
明るくにぎやかな空間を眺めていると、対比でますます惨めな気持ちになってくる。
みんなは楽しそうなのに、どうして自分は楽しくないんだろう。
今日はせっかくのハロウィンなのに。
みんなで仮装してパーティーして騒いで、ハロウィンて、そういう日じゃなかったっけ?
「はぁ……」
重たいため息をつきながら、商店街から離れた。
鶴見さんのことは忘れよう。
そして新しい恋を探そう。
大丈夫、【この世の半分は女の人】なんだ。
鶴見さん以外にだって、きっと素敵な女子はいるさ。
そう、自分に言い聞かせながら、俺は夜道をとぼとぼと歩き続けた。
この頃の俺の予想は、すぐに現実のものとなった。
もっとも、その後、俺が出会ったのは、この世のものでもなければ、人ですらなかった。
◆◆◆
商店街から逃避するように歩くこと20分。
住宅街は、ただでさえ少ない街灯がいくつも消えていて、歩きにくかった。
ライトをつけずに走っている自転車が走ってきても、きっと気づかないだろう。
ヤケっぱちにならず、素直に駅に戻って列車を待てば良かったと、今更ながら後悔した。
後悔先に立たずとはこのことだ。
告白して、失恋して、ヤケになって、損して、俺はなんなんだろう。
自分のダサさが情けなくて、危険な夜道で下を向いて歩いた。
すると、本当に何も見えない、黒の世界だった。
音も聞こえない。
虫の足音が聞こえそうな程の静寂。
本当に、この街は生きているのだろうか。
まるで、この世界に自分独りしかいないような孤独感に歯噛みした。
その時。
ふと、何かを引きずるような音が聞こえた。
遅れて耳に触れる水音。
タッ タッ タッ
と、水滴を垂らすような響きだ。
ふと顔を上げて首を回すと、そこは高速道路下のトンネルだった。
ライトはない。
入口近くの街灯が、僅かにトンネルの輪郭を教えてくれるだけだ。
地獄の門のように開いた、底なしの闇から聞こえる音は不気味で、肩にゾクリと寒気が走った。
高校生なのに、今までの人生で見てきたホラー映画や、心霊番組のワンシーンを次々思い出しながらも、好奇心でその場にとどまった。
どうせ、お化けなんているわけがない。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
お化けかと思ったらナニソレだったという話題の種にしよう。
そんな軽い気持ちで、音の正体が姿を現すのを待った。
そして、街灯の明かりの下に、ソレは正体を見せた。
え?
それは、頭から赤いツノの生えた、赤い学ラン姿の少女だった。
年齢は、俺とそう変わらないだろう。
額よりも少し高い位置の、桜色の髪の中から、短いツノが二本、先端を覗かせている。
瞳も赤く、対照的に血の気が無く白い肌は、だが血に赤く染まっていた。
よく見れば、学ランも血に染まっている。
元から赤いから、よくわからなかった。
ハロウィンのコスプレか?
けれど少女は息も絶え絶えで、演技には見えなかった。
まるで、交通事故にでもあったようなありさまだ。
「大丈夫か!?」
状況を把握して、ハッとしてから鞄を投げ出して走った。
街灯の明かりの下に入った彼女は、俺の存在に気づくと緊張の糸が切れたように、まぶたを下ろして膝を折った。
アスファルトへ倒れそうになる体を、慌てて抱き止めた。
軽い。
いくら女子と言っても、人間はかなり重い。
ぐったりとしていれば、なおさらだ。
なのに、まるで彼女の命そのものの重さであるかのように、俺の細腕でも簡単に支えられた。
「ッッ!?」
手を染める鮮血が温かい。
やっぱり、これはハロウィンの仮装なんかじゃない。彼女自身の血液だった。
「とにかく救急車、119番しないと」
慌てて尻のポケットからスマホを取り出そうとすると、
「あ~~~~。なにしてくれちゃってんのぉ~~、お前~~」
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本作を読んでくださりありがとうございます。
他にも【闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵】や【サービス終了ゲーム世界に転生したらNPCたちが自我に目覚めていたせいで……】など、色々投稿しているのでよろしくお願いします。
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