第8話 狂戦士の殺し方

「準備、整いました。」

「わかった。」


 伝令兵の報告を受け、コバルリザードは少し安堵する。そして、彼は周囲の者に向かって声高にこう言い放った。


「作戦のおさらいをする。」




 先ず、幽霊騎兵ゴーストライダーで構成されているN班が中央街道のバリケードを突破、すかさず中心地の広場に強襲し攪乱かくらんする。右腕、左腕街道から狂戦士率いるE班が横道から相手の裏を取り奇襲、その機に乗じて狂戦士で構成されたB班がバリケードを突破。中心地に急行し幽霊騎兵の援護を行う。そののちに王城へ侵入する攻略戦である。


 嵐の前の静けさ。一瞬、王都は静寂に包まれる。


 そして、戦の火蓋は切られた。鳴り響く角笛、血沸き肉躍るその怒号は容易に魔物どもを戦場へと駆り立てた。しかし、だれよりも早く、なによりも速く戦場へ駆ける者どもがいる。


 ――幽霊騎兵だ。





 合図と同時に、彼らは、百五十にも及ぶ死神は走り出した。バリケードの後ろにたたずむ槍兵は戦慄する。漆黒に満ちた死をその背に抱える騎兵は、猛然と彼らの方へと駆け出す。


 無常の旋風、果てた屍の激浪げきろう


 怒号のように鳴り響く馬の足音は彼らの心の臓腑を鼓動させる。


 バリケードのみならず、道端の障害物は騎兵にとって大きな弊害となる。道がふさがれているだけで、彼らはその先へ進むことができないのだ。だからこそ、騎馬隊にはバリケードを張り、槍兵で迎え撃つのが得策である。そうなれば、騎兵になすすべはない。


 それは、彼らも例外でないのだ・・・


 ――否っ!!


 垣根の手前、足元より生まれ出づる群青の烈火と共に黒鋼の騎馬隊は消え失せた。


 数秒の消失。それは何よりも兵士たちに限りない恐怖を与える。


 ――瞬間、眼前で蒼炎と血潮が舞い散る。


 境を超え、現れ立つは濛々もうもうと空をかける激流の騎馬。幾重も弧を描く無数の斬撃、それらは鬼神のごとく槍兵の首を轢断する。止まることのない滅裂の波浪は兵士の形骸けいがいを宙に放り出した。


 鏖殺おうさつする軍団はなおも激走する。その先に見据えるは次なる標的。先ほどと同じようにバリケードの後ろでおびえ、恐慌をきたす槍兵ども。


 騎馬隊の隊長、ギルベラは笑みを浮かべる。


 悪魔の軍勢は中央街道を疾く駆け抜ける。もはや、だれにも止めることはかなわない。



 ――かに思われた。


 突如、急速な炸裂音と爆発が巻き起こる。


 ギルベラは振り向く、同時に起こる三つの爆裂。それらは容易に騎馬隊の3割を崩壊させた。仲間の残骸が、ギルベラの頬をかすめる。



「これは・・・っ!」


「対人地雷。」


 スティーブンはつぶやく。


「第二次世界大戦中、ドイツが開発した我々人類の、対人兵器の神髄さ。」


「さあ、どうする?異郷の騎士よ。」




「まずい・・・」


 ギルベラは焦燥を感じる。


 次のバリケードまであと100mほど。この数秒の三回の爆発だけで、我々は大打撃を負っている。一体、この街路にあと何個残っているんだ・・・



「それで最後だよ・・・」


 スティーブンは軍帽を深くかぶりなおす。


「いくら簡素なものといっても、人手もなければ火薬も満足にない。あれが我々のできる精一杯の成果さ。」


「だが、牽制にはなるだろう?」




 ギルベラはその脳を突発的に回転させる。


 あの短いスパンの間に三発もの爆発、すでに三分の一の兵士が倒れている状況。そんな中、まだ地雷があるかもしれない100mの道を生身のまま駆け抜けるか······?



 一息、ギルベラは深呼吸すると――


「全軍、緊急回避!!」




 ギルベラの号令を合図に、全ての騎馬が能力を行使する。


 死霊疾走ゴーストダイブ


 またしても、紺碧の業火を残し、軍勢は消え失せた。




「――まあ、そうだろうな。」


 スティーブンは少し落胆する。


 ギルベラがとった行動は、決しておかしなものではない。むしろ、部隊の隊長としては当然の決断だ。


 だが、もし彼らなら、死の戦場を駆け抜け、生き延びた彼らなら、迷わず死の行進を選ぶであろう。


 前線では常に死と隣り合わせだ。爆弾が降ってくるかもしれないし、流れ弾に当たるかもしれない。仲間の銃弾が当たることだってある。それでも、彼らは進み続けるのだ。死ぬかもしれないからではない、必要が必要であるが故に彼らはその命を投げ捨てる。それが兵士だ。


 そういう死の累積が、彼らにはなかったのである。それが、事態の勝敗を分けた。


  

 彼らの能力が潰え、その姿を現した瞬間――


「バリスタ用意!!」


「発射!!」


 号令をかけた瞬間だった、霊魂の津波は、朽ち果てた残穢は先頭からその勢いを急速になくす。海岸に打ち上がった波のように、何かに突然阻まれたように。


 ギルベラは振り返る。


 声ならぬ声を、焦燥ではなく驚嘆を、怒声ではなく硬直を、ギルベラは抱く。彼の目に映るのは砕け散る仲間の破片であった。


 死して尚、形を思い出した歴戦の騎馬共、それらは一瞬にして砂塵のように瓦解する。


「これは、弓矢……?」


 それはギルベラの知る矢とはかけ離れていた。丸太のように太く大きく、まるで質量の塊であった。それらは容易に彼の仲間を粉砕する。


「バリスタ。」


「古代兵器の一種です。あなた方は速いし、普通の弓矢ではびくともしないでしょう?だから、先人の知恵を借りたんです。」


 サンドラは城のベランダより、紅茶を飲みながら戦場を見渡す。


 まずい……


 ギルベラは焦燥を覚える。騎馬、とくに幽霊騎兵の真骨頂はその疾走にこそある。それが今、路上の、戦場の真ん中で立ち往生したのだ。


「ここは一度退かねば……」


 しかし、騎馬隊は動かない。いくら号令しても馬は前にしか進まないのだ。


 瞬間、ギルベラはなにか見知らぬ号令を聞く。


「キャタピラよーい……」


「てっーーーー!!!」


 合図とともに岩石が、無数の石つぶてが急速に迫る。


「全体、回避!!!」


 しかし、その声も虚しく、ギルベラの、最強と謳われた骸の兵隊軍は破壊される。


 運良くギルベラはその大質量弾を避けたもののもはやその後ろにはほとんど残っていなかった。


「……」


 ギルベラは絶望を浮かべる。振り返ると雄叫びを上げた歩兵群が自分の首をとらんと向かってきている。


 私は一体、何をしているのだ。


 生まれいづった時に私には何もなかった。二度目の生の代償、記憶の殆どを失い喜びも悲しみも、一体どれが何だったか忘れ、眷属に施される忌まわしき拘束術式により、なされるがまま命令に従っていた。大切であっただろう騎士のホコリとやらも、もはや偶像めいた概念として空虚に飾られるだけだった。


 だが、あのときは、戦場を疾風の如く駆け、死の旋風のように蹂躙したあのときだけは私に感情を、歓喜を与えてくれた。


 このまま私は立ち止まるのか……




 その頃右腕街道では狂戦士率いる歩兵隊が裏取りを行っていた。


 突然、仲間の一人が兵長の方を掴む。


 兵長はそいつの指差す方を見た。何やら装置めかしいものがある。


 兵長は特に考慮しなかった。いやできなかったと言っていい。そもそも彼ら狂戦士にやれることは剣を降ることと食らうこと。仮にイレギュラーを目の当たりにしてもどうすることもできない。だからこそ、彼らは地獄の道へと突き進んだ。


 合図とともにその装置から木の樽が宙を舞いこちらに投下される。


 地面に衝突し大きな音を立てた割れる木の樽から、突如として白煙が爆発的に拡散し狂戦士率いる魔物部隊を包み込んだ。


 狂戦士は、バーサーカーは戸惑う。急激に変化する戦場に頭がついてこないのだ。


 狂戦士は思考を放棄した。もはや限界だったのだ。ここに来るまでに肥大し続けてきた飢餓はすでに兵長から正気を奪っていた。眼の前に人間がいる。それだけで彼の脳は思考を停止した。家庭も順序もすっ飛ばして喰らいたかった。故に兵長は、兵長という役割をかなぐり捨て指揮も放棄しまっすぐ相手の方へと駆け出した。白煙の中を必死に走った。


「火矢用意……」


「発射!!」


 放たれた業火の流星は白煙めがけて飛来する。その中に突入した瞬間、凄まじい轟音と爆発が辺りを吹き飛ばした。


 それは魔物共を焼き尽くす。それはかの狂戦士も例外ではない。


「ああ……ああああああ!!」


 重度のやけど、Ⅲ類に該当されるであろう全身の火傷は彼らの体を爆発のあとも蝕む。兵長は地に伏し噎び喘ぐ。凄まじい激痛は彼が体を動かすごとに襲い、金縛りのように彼の体を硬直させた。


「今だ!!突撃!!」


 ここぞとばかりに歩兵が怒声を上げて襲いくる。


 彼は冷や汗を、人間相手に初めて、焼け焦げ爛れた皮膚から恐怖の滴を垂らした。今まで人間なんぞに恐怖したことなど一度もなかった。仮にどんなに追い詰められようと彼を四六時中蝕む飢餓感はその雑念をかき消してくれた。しかし、そんな彼でも耐えきれぬ激痛、そして初めて感じる人間の強大さ。彼は決して認めなかったものの体は自然に身震いしていた。


 しかし、それが何だ。全身に重度の火傷を負い、死がすぐそこまで迫っていたとしてもそれが何だというのだ。


 そこにあるのは晩餐ではないか。今まで求め続けた肉ではないか。だからこそ彼は立ち上がる。


「ゲホ、ガアアアア!!」


 一抹の雄叫びを上げ、彼は立ち上がる。



 これが狂戦士の真骨頂だ。




 ――左腕街道では狂戦士部隊が応戦している間に横道から狂戦士率いる魔物部隊が同じく裏取りを行っていた。


 リーダーは頭上に影を見た。見上げたその瞬間、自分の跡に続く魔物が矢で串刺しにされる光景を見た。


 彼は信じられなかった。


 こんな狭い路地で弓矢が使用されることも、あんな代物で我々魔物の硬い外皮を貫かれることもすべてが想定外だった。


 かれは全員に合図を送り建物へ侵入する。屋上へ出て全員まとめて殺すつもりだった。少なくともいくらか負傷はするが止む終えない。今は作戦の遂行を急務とする。ここで全滅するよりはマシだった。


 ドアを蹴破り雪崩のように魔物共は押し寄せる。弓矢では近距離で細かい狙いをつけるのは難しい。奴らが戸惑っているところを早急に片付けるつもりだった。


 しかし、姿を表した瞬間自分を含め大半の魔物が矢の洗礼を受ける。


 兵長はまたかと思った。


 コイツらはなにかおかしい。さっきのことといい。今までとはなにか違う。


 彼はどうにか腕で矢を受けたときそう思った。


 なんだ?あの弓は――





「本気ですか!?」


「俺らだけで裏取り部隊を迎撃しろと。しかもこんな弓矢で……」


「ああ。」


 ニコライは言い放つ。


「勇者様……お言葉ですがはっきり言って無理です。」


「なぜだ?」


「弓矢は本来遠距離用の武器です。近距離の相手に狙いをとっさにつけるのは至難の業ですし、仮に射止めたとしても彼ら魔物を絶命させるには及びません。良くて負傷をおうだけです。」


 ニコライは突然その弓矢を取り、近くの木に向けて片手で発射する。


 その矢は用意に幹に食い込んだ。


「ッ……!」


 兵士の一人は息を呑んだ。


 片手で……しかも矢じりが完全に食い込んでいる……


 ニコライはその様子を見てニヤリと笑う。


「クロスボウだ。予め装填し発射なら片手で行える。飛距離に関しては調節できないがこいつで射れば魔物だろうと確実に致命傷を追うだろう。」


「しかし、いくらその……クロスボウがあってもこんな少数で魔物に勝てるでしょうか……」


「ああ、普通にやれば勝てないだろうな。」


「ではどうすれば……」


「考えてみろ。お前らはそれはそれは厄介な遠距離武器を持っている。となれば相手は必ず間合いを詰めてくるだろう。」


「だがな?高所での、特に落下の危険性のある屋根伝いで相手をがむしゃらに追うことが何を意味するか、わからぬお前らではあるまい。」


「!!」


 兵士たちはようやく理解する。ニコライはまたも微笑した――



 どうにかクロスボウを取り上げようと距離を詰める魔物に対し兵士たちは冷静に間合いを取る。


 魔物が跳躍した瞬間、兵士はクロスボウから剣へと持ち替え、そのまま着地の瞬間、思い切り魔物に蹴りを入れる。


 落下した魔物は叫び声も挙げずその場にうずくまる。


〘相手が落ちたところを――〙


「確実に。」


 クロスボウを手に取り、冷静に装填する。そして、魔物の頭部へ向けて引き金を引いた。



 まずい……


 間合いも詰めねばならないのに、下手に追うとここから落とされる。


 狂戦士は焦燥を感じていた。早急に手を打たねばこのまま全滅する。


 なんだ……何なんだ。


 今までこんなこと一度としてなかった。相手にすべてを見透かされているような、罠に完全にはめられたような、そんな嫌な気分がする。それも、こんな少数の人間どもに、大した装備をつけていないコイツラに……


 あれか……あの武器が原因か!!


 狂戦士が理解できるはずなどなかった。




「――しかし勇者殿。」


「なんだ、まだあるのか。」


「この武器の性能、そして我々のアドバンテージは理解しました。しかし、だとしても相手は狂戦士率いる魔物部隊。それをこんな人手で対処するのです。せめて防具だけでも良いものをくれませんか?」


「……貴様、名をなんという。」


「王家直属近衛騎士団所属アルバート·エルデフィアです。」


「アルバート、お前はこの戦いでどうしたら勝てると思う?」


「え……単純ですけど強さ以外にはないんじゃないですか?」


「違うな。そもそも魔物と力比べをしようとするからイケないんだ。」


「いいか、この戦いでお前らの勝機となるのは……」


「機動力だ。」


「機動力?」


「そうだ。奴らはまさか屋上で、足場の不安定な高所で戦うとは夢にも思うまい。だからこそ、われわれはその地の利を最大限に活かす。奴らおそらくそれなりの武装をしてくるだろう。しかし、それは言い換えれば、スタミナに乏しく機動力がないということだ。」


「だから貴様らには最低限に防具しか渡さん。いいか、いくら攻撃が強くても当たらなければどうということはない。」



 ――コイツラ!チョロチョロと!


 狂戦士が間合いを詰めようとするもうまく捉えることができない。


 近づいてきたと思ったら一方的に切られ、俺が攻撃を仕掛けようとするとたちまち距離を取られる。この重量の装備では下手に別の屋根に映ることもできない。


 狂戦士は苛立ちを覚えた。


 くそ!くそ!クソ!


 こんな奴ら屁でもないのに!仮に真っ向からやりあえば今からでも蹂躙できる。それなのに!


 狂戦士の体躯に無数の矢が突き刺さる


「ガアアアアアア!!」


 なぜだ、なぜこんな奴らにやり込められる!?


「舐めるな、人間共!!」


 その瞬間、狂戦士の額を無数の矢が貫く。


 断末魔も挙げずに、狂戦士は倒れた。


「舐めるなよ、人間を。」

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いいか、戦争はこうするんだ ガジュマル @kazu00009999

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