第5話 勇者の2つの祝福
王間に呼ばれる四人の勇者たち。彼らの前で、王は勇者たちの冒険へ高らかに祝祭の言葉を贈る。
「では、勇者たちよ。そなたらの旅路に主のお導きがあらんことを!」
「「「「え?嫌なんですけど。」」」」
「え?」
「誰が旅に出るといった?」
「ん?世界を救済してくれるのでは?」
「ええ、そうですね。」
「はい?」
「いや、大体さ。たった四人で魔王に立ち向かうとか無謀すぎないか?」
「そもそも、私たちが王都を離れている間に魔王軍が押し寄せてきたらどうするおつもりで?」
「・・・」
王は押し黙る。
「とにかく、城を出る気はない。すぐに全員分の部屋と、この世界に関する資料を用意してくれ。」
「・・・はい。」
王はあきらめた。どうすることもできないと、王は静かに落胆する。
――夜風にたなびく草むらより、静かに鈴の音色がこだまする。スティーブンは火をつけた。白煙は、太陰の光で青白く色づく。
「失礼します、勇者殿。」
入ってきたのは王の側近、エルメロイだった。
「ああ、来てくれたか。とりあえず座ってくれ。」
エルメロイは、スティーブンのいるベランダへと向かい、静かにベンチに腰を掛ける。
「その葉巻、お気に召しましたかな?」
「ああ、申し分ない。」
実際はスティーブンが好きな部類の物ではなかった。しかし、ここは見知らぬ異世界。葉巻があるだけましである。彼なりの配慮であったのだ。
「御用というのは何でしょうか。」
「聞きたいことがある。」
スティーブンは加えていた葉巻を灰皿へ置いた。
「勇者の事だ。」
エルメロイが顔を少しばかりしかめる。
「勇者はこれまで、たった一人で魔王軍を屠り、魔王を打倒してきたのか?」
「さようでございます。」
「そこがわからないんだ。」
「というと?」
スティーブンは一度茶でのどを潤す。
「勇者はもともとただの一般人であろう?」
「そうですね。」
「お前がくれたこの資料によれば、魔物の中には訓練された兵士15人がかりでさえ倒せないものもいるとある。俺がいた世界では戦争は珍しい事ではなかったし、その中で英雄とよばれたものもちらほらとみてきた。」
「だが、同時に15人を相手してなおも生き残る奴なんて想像もつかない。」
「ましてや、そんな魔物たちを統べる魔王を、たった一人の人間ごときが倒せるとは思えないんだ。」
「そういうことでしたか。」
エルメロイは茶を口にする。
「では、まず魔物について説明をしましょう。」
「魔物とは、魔力の影響を受け、独自の変化をした生物のことを指します。」
「知能は低いですが、魔物たちは基本的に人間以上の身体能力を誇ります。中には魔法を理解し、魔術を利用する魔物もいます。」
「魔術?それは錬金術のようなものか?」
「勇者殿の言う錬金術が何を指すかは存じませんが、魔術は魔力を利用して起こす現象のことです。」
「具体的に、どんなことができるんだ?」
「そうですね。一概には言えませんが炎や風、雷といった自然現象を再現したりできます。」
「じゃあ、俺らを呼んだのもその魔術の一つってことか。」
「勇者召喚の儀の事ですね。残念ながら、あれらが魔術によるものなのかは厳密には分かっておりません。」
「わかっていない?」
「確かに勇者召喚の儀は魔術と同じように魔術式を魔法陣として記述する必要があります。しかし、召喚の儀は魔力を一切必要としないのです。我々はそれを、勇者召喚の儀は主体が神によって行われるものであり、それゆえ我々は代償を必要としないのではないかと推測しております。」
「そうなのか。」
「ところで、この国に魔術を扱えるものは何人いる?」
「確認できるのは500人程度、城に使え賢者として魔術を研究するものは14人です。」
「たった500人しかいないのか?魔術師を育成して、もっと増やせばいいじゃないか。」
「おっしゃる通りです。事実、我々ミルジゲアナ王国はこれまで、多数の魔術師を育成してきました。」
「しかし、三代前、第十二代国王エルメガルドの時代に約7割の魔術に関する知識と技術は失われたのです。」
「どういうことだ。」
「魔王勢力は歴を追うごとに勢いを増してきました。そして、およそ二百年前、魔術に関する記録を記した23000冊の魔導書を保管する魔導図書館が魔物らの手によって焼かれてしまったのです。」
「そして、魔導書の大部分を失ったミルジゲアナは魔術師の育成が困難になり、その知識も現在代を追うごとに失われているのです。」
「そうなのか。」
スティーブンは静かに落胆する。
「次に勇者のことについてですね。」
「勇者はご存知の通り、この世界の救済のため我らが主によって選定され召喚された者のことを指します。」
「そして、召喚の際に勇者は二つの神の祝福を受けるのです。」
「祝福?」
「この世界の事象は5つに分けられます。」
「物理現象、化学現象、魔術現象、呪術現象、そして、神的現象。」
「物理現象は物体の動き、化学現象は物体の反応、魔術現象は魔力を消費して起こされる現象を指します。」
「呪術現象は魔術に似たものですね。魔術が魔力を源にするのに対し、呪術は生物の魂を依り代とします。それゆえ、呪術は生物の生死に関する事象に介入することができますが、残念ながら呪術は魔物にしか扱えません。」
「そして、神的現象。それは我々生物とは一線を画す、神仏などの高位者にのみ扱える御業です。」
「魔力や魂といった代償を必要とせず、術者が一方的に相手に与えることのできる奇跡。祝福も心的現象の一つです。」
「その祝福はいったい何をしてくれるんだ?」
「勇者殿に与えられた祝福は二つ。一つは天上の舌、もう一つは底知らぬ童。」
「勇者様もうすでに気づいているとは思いますが、この世界に来て我々となんの障害もなく意思の疎通をしておられるでしょう。それが天上の舌の恩恵です。」
「ああ、そういうことか。つまり、この世界の言語を理解できるようになるってわけね。」
「我々の言葉だけではありません。この世界のありとあらゆるものの意思をくみ取り、対話することができるのです。」
「てことは、魔物とも話せるってことか。」
エルメロイは静かに頷く。
「もう一つの祝福、”底知らぬ童”ですが、それこそ勇者様の疑問に思うところの答えであります。」
「ん?どういうことだ?」
「底知らぬ童を授かりしものは成長の限界を無くし、常人の域を超えた速さで成長を遂げます。たしかに、召喚されたばかりの勇者は一般人とさほど変わりはありませんが、この祝福のおかげで経験を積むごとに進化し、魔王を倒すほどにまでの力を得ます。」
「・・・・・・」
スティーブンは沈黙した。
「何か他に質問がおありで?」
「いや、そういうわけではない。」
エルメロイの問いかけにスティーブンは首を振る。
「ありがとう、助かった。」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。」
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