第3話 出会い&契約③

「あなた......」


 少女は、ハジメの背中を見つめていた。

 さきほど出会ったばかりの見知らぬ青年。

 封印が解けた責任は自分達にある。だから、逃げ出した悪魔を討伐するのは自分達の義務だ。

 何の関係もないこの世界の人々を巻き込むわけにはいかない。

 ずっと、そう思っていた。

 だが、どうしてだか自分でもよく分からなかったが、少女は目の前の男を信じたくなった。


「1つだけ......アイツを倒す方法があるわ」

「本当かい!?」

「私の魔術......アイツに効いていなかったでしょう? 魔術というのは、自身の魔力を引き換えに、世界の法則に干渉することで、実際の事象を引き起こすものなの。ただし、別の世界の住人である私では、この世界の法則に上手く干渉することができない。でも、この世界の住人であるあなたと契約を結び、あなたを私の騎士とすることで、あなたを介して魔術を発動すれば、この世界に強く干渉をすることができる」

「そうなのか! それなら......」

「ただし......一度契約を結べば、あなたは戦いから決して逃がれられなくなるわ」


 ハジメと少女は向かい合う。

 ハジメは大きく頷いて言った。


「わかった......契約を結ぼう」

「あなた、本当に解ってるの!? 契約を結ぶってことは......」

「君だって同じだろう!」


 ハジメの口から初めて発せられた、語気の強い言葉に、少女は目を丸くする。


「君の言うことが本当なら、この世界の人間と契約を結ばなければ君は本来の力を発揮できない。にも拘わらず、君は半年間、誰とも契約を結ばなかった。今だってそうだ。君が死ねば、君は自分の使命を果たせなくなる。にも関わらず、自身を犠牲にしてでも、俺を逃がそうとしたのはなぜだ? 巻き込みたくなかったからだろう! 理屈じゃない。自分の中の『正しさ』というものさしにしたがったんだろう! 確かに騎士とか契約とか運命とか、正直俺にはよく解らない。ただ1つ確かなのは、ここで君を見捨てれば、俺は一生後悔するということだ」

「......」


 少女は、黙ってハジメの言葉を聞いていた。


「君と契約をすれば、明日は今日よりももっと危険な目に合うかもしれない。後悔だってするかもしれない。でも、2人なら乗り越えられるかもしれない!」


 ハジメは、少女の方を振り向く。


「君がこの世界の人々を巻き込みたくないというのなら、俺も手を貸す。君の使命もその先の運命も俺が一緒に背負う! だから頼む......俺と契約してくれ」


 2人の視線が再び交わる。

 さきほどのハジメと同じように、少女は大きく頷き、答えた。


「わかったわ」


 その直後、背後で唸り声がして、2人はそちらに視線を向けた。

 見ると、通りにいた悪魔がこちらに向かって、ゆっくりと、だが真っ直ぐ歩いてきていた。

 

「気づかれた......!」

「そばに来て。早く!」


 少女が強い口調で言う。

 ハジメは少女の元に駆け寄り、腰を下ろした。


「えっと......契約ってどうすれば......」

「もっと近くに寄って。それから目を閉じて」

「こ、こう?」


 言われた通りにする。

 目をつぶったまま、次はどうすればいいのか────などと考えていると、唇に柔らかい感触を感じた。

 反射的に目を開く。

 少女の唇と自身の唇が触れ合っていた。


「な、なにを!?」


 ハジメは大きくのけぞり、後ずさった。

 だが、少女はハジメの問いには答えず、目を閉じ、胸の前で両手の指の先を合わせて尖塔を作った。

 まるで、神に祈りを捧げているようなポーズだ。


「汝、我に忠誠を誓え。汝、剣となりて、敵を討て────汝、盾となりて、我を守れ────」


 少女が呪文のような言葉を紡ぎ始める。

 すると、その首元が赤く光り始めた。

 ハジメは、目を細めて、光の元を注視した。

 少女の首のすぐ下の辺りに赤い紋章があり、それが光を放っていた。

    

「汝の運命は我とともにあり、我が力と命運、汝に預ける。────汝、これに従うならば────我が騎士として、ともに戦え!」


 呪文を唱え終え、少女が目を開く。

 それと同時に紋章の輝きが増した。


「......っう!?」


 突然、右の手の甲に焼けるような痛みが走り、ハジメは手首を押さえた。

 手の甲に、少女の首元のものと同じ紋章が浮かび上がる。

 まもなくして、ハジメは自身の体の変化に気づき、立ち上がった。


「なんだこれ? 紋章からなにか力みたいなものが流れてくる......」


 それは、初めての感覚だった。

 紋章から全身へと熱のようなものが広がっていく。

 血管を流れる血液のスピードが速くなり、全身に力が満ちていく気がした。

 ほどなくして、手の甲の紋章の光が強まった。

 紋章から感じる熱がドンドン上がっていき、それが最高潮に達した時、紋章から野球ボール大の火球が現れた。

 火球は一度ハジメの体を旋回すると、正面で動きを止めた。

 それがなにかは分からなかったが、本能的にハジメは火球に手をかざす。

 火球は形を変え、鞘に納められた一振りの剣となった。


「剣......?」


 ハジメは、鞘から半身ほど剣を抜いてみる。

 炎の如き輝きを持つ真紅の両刃の刀身が姿を見せた。

 本来この大きさならそれなりの重量があるはずだが、炎より生まれし剣は、片手でも簡単に扱えるほどに軽かった。


「それは、魔装具。私の魔力から生成した武器よ。手の甲のものは、紋章アームズといって、それを通して私の魔力があなたの体に送り込まれているの。魔力には、肉体を活性化させる力もあるから身体能力も上がっているはず」

「へえ......これが魔力......」


 自身の体を見回し、感嘆の声を上げる。

 自分の中に太陽のような温かいエネルギーが満ちていることが、感覚で分かった。

 ハジメはもう半身を鞘から抜いて完全に抜刀した。

 

「......よし!」


 これなら、戦える────。

 そう思い、怪物に向かって歩み寄ろうとした時────


「リーシャ=エヴァンス」

「え?」


 後ろを振り向く。

 ハジメには少女が何を言っているのか分からなかった。

 少女は、その小さな顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「名前」


 それは少女が初めて見せた笑みだった。

 ハジメは少女に微笑みを返し、答える。


「そっか。俺はハジメだ。最上ハジメ」


 鞘をベルトに刺し、剣を両手持ちにして、今度こそハジメは悪魔と相対した。


「ガァアアアアア!」


 目の前に立ちふさがるハジメに対して、悪魔が敵意をむき出しにした咆哮を上げる。

 右腕を大きく振りかぶり、ハジメに向かって振り下ろした。

 これまでは、ほとんど見えなかった一撃。

 だが、不思議と今ははっきりと、見えた。

 ハジメは地面を蹴り、斜め前へと飛ぶ。

 悪魔の腕を飛び越し、空中で一回転して、地面に着地する。

 意識してやったわけではない。

 予想以上に高く飛び過ぎてしまい、バランスを取るため、慌てて体を回転させるはめになったのだ。

 だが、嬉しい誤算ではあった。 


「見えた......! それにこの身体能力! ......いける!」


 悪魔は再度右腕を振り下ろしてきた。

 今度は、飛び過ぎないように注意して、側方へとかわす。

 そして、伸び切った悪魔の腕に向かって、思いっきり剣を突き刺した。


「うぉおおおおお!」


 そのまま剣を垂直に上げて、肉を裂く。返す刀を振り下ろし、僅かに繋がっていた部位を切断した。


「グガァアアアアア!」


 悪魔が苦悶の叫びを上げる。

 完全に右腕を切り落としたのだが、何故か切り口からは血の一滴も出ず、代わりに砂鉄のような黒い粒子が、勢いよく噴き出した。

 その粒子が何なのかハジメには分からない。

 だが、効いてはいるのだろう。

 怒り狂ったように悪魔は左腕を振り回してきた。

 それを見て、ハジメは悪魔の右側の懐へと飛び込んだ。

 既に右腕はなくなっている。左腕の届かない懐へ入ってしまえば、攻撃は届かない。

 ハジメはそのまま右側の肩口、わき腹を走り抜け、悪魔の右足を切断した。

 右腕同様、傷口から粒子が漏れ、周囲に舞い散る。

 ハジメは一旦、悪魔から距離を取った。

 これで、体のバランスが崩れたはずだ。

 だが、ハジメの目論見は少し外れた。

 命の危機からか、それとも怒りからなのか、バランスを崩したまま、悪魔はこちらに向かって突進をしてきた。

 右半身を地面にこすりつけながらの体当たり。

 その威圧感に少々面を食らったが、相手の生命力が残り少ないのも確かだった。


「止めを!」  


 悪魔を挟んで、向かい側にいる少女が叫ぶ。

 そして、胸の前で、再び尖塔を作った。

 それと同時に少女とハジメの紋章が強く光った。

 ハジメは、腕を掲げた。

 紋章から大きな炎が出現し、ハジメの右半身のほとんどを包み込む。

 今にも爆発を起こしそうな莫大なエネルギーをハジメは感じていた。

 剣を両手でしっかりと握り直し、腕を引く。

 そして、黒い粒子をまき散らしながらこちらに迫って来る悪魔に向かって、一直線に走った。


「せいやぁああああああ!」


 ハジメの纏っていた炎が形を変える。

 やがて、それは巨大な龍のアギトとなった。

 ほとんど滑り込むような体勢で悪魔が、ハジメに拳を突き出す。

 ハジメも悪魔の拳に向かって真正面から突きを放った。

 鋭い切っ先が、悪魔の固い拳を貫く。

 大きく開かれた顎が怪物を腕から喰らった。

 ハジメと龍はそのまま、悪魔の足先まで走り抜ける。

 全身を龍に呑まれ、悪魔は動きを止めた。

 体の節々からは、黒い煙が上がっている。

 ほどなくして、悪魔の体が崩れ始めたかと思うと、爆発を起こした。

 しかし、炎はない。

 水風船が破裂するように、悪魔の体の内側から大量の黒い粒子が生じ、飛散した。

 ゆらゆらと揺れながら、辺りを漂う粒子は、季節外れの雪を思わせた。いや、色からすれば火山灰と言った方が的確かもしれない。


「手の甲を粒子に向けて、紋章に意識を集中して!」


 少女が声を上げ、ハジメは言われた通りにする。

 すると、紋章が光りだし、辺りを舞っていた粒子が、たちまちハジメの紋章へと吸い込まれていった。

 ────一体あの粒子は何なのか、どこに行ったのか? 不思議そうに紋章を見つめていると、少女が答えた。


「この紋章は、術者と騎士の間に魔力的な繋がりを作るだけでなく、悪魔の体を構成している闇の魔力を浄化し、自らの魔力に変える力を持っているの。つまり、悪魔を討伐すればするほど、その魔力を吸収して、私達もより強い力を得ることができるっていうわけ」


 ハジメは少女の方へと振り返った。

 少女は、穏やかな笑みを浮かべてみせる。

 それを見て、ハジメも笑った。

 少女の元に歩み寄り、右手を差し出す。

 

「それじゃあ、これからよろしく。リーシャ」

「ええ、こちらこそ。ハジメ」


 リーシャもハジメの手を握り返した。

 今、2人の運命が動き始める────。

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