第9話 家族&命を懸ける理由⑥

「ハジメ......兄ちゃん」


 茫然とした様子で剛が呟く。


「リーシャ、剛を頼む」


 剛の肩を軽く叩き、ハジメは剛をリーシャの方へと促した。


「こっちよ」

 

 剛の腕を引いて、共にリーシャは、後ろへと下がる。

 しかし、途中で足を止め、ハジメの方へと振り返った。


「ハジメ!」


 仕方がなかったとはいえ、またハジメを戦わせることになってしまった。

 『騎士の契約』は、術者と騎士のどちらかが生命の危機に瀕し、根本的に両者の魔力的な繋がりが維持できなくならない限り、解くことができない。

 契約を交わした以上、避けられないことではあるが、これから先、このようなことは何度もあるだろう。

 前回は勝つことができたが、今回はダメかもしれない。たとえ今回勝てたとしても、その次も大丈夫なんて保証はない。

 悪魔に敗れることは死を意味する。

 リーシャとて、死んでもいいと思っているわけではないが、少なくとも自分はそういった道を歩くことを覚悟してこの世界にやってきた。だが、ハジメはどうだろう。

 なぜだか、昨日はハジメを信じる気になってしまい、契約を交わしたが、本当にそれは正しい事だったのだろうか。今はわからないが、いずれハジメは自身と契約したことを後悔するのではないか。

 そう思うと、自然とハジメの名前を呼んでいた。

 自分は、一時の気の迷いで、ハジメを......本人も知らぬうちに、望まぬ道へと引きずり込んでしまったのではないか。

 リーシャが頭の中でそう考えた時、ハジメが口を開いた。


「ごめん。リーシャ......」

「え?」

「命を懸けることについて言われた時、確かに自分の中に理由はあったんだけど、上手く言葉にできなかった。でも......今なら言える」


 ハジメは、リーシャ達の盾になるように悪魔の前に立ちふさがった。


「俺は、一度家族を失った」


 ハジメの脳裏にかつての記憶が浮かぶ。 

 家族を失った瞬間。

 両親が黒煙に飲み込まれていく光景。

 もう10年以上前の出来事だが、今でも時折、夢に見る。

 優しかった両親。

 ハジメは両親が自分に向けてくれる笑顔が好きだった。

 優しく見守ってくれているようなその笑顔を見ていると、自然と心が安らぎ、自分も笑うことができた。

 だが、もうその笑顔を見ることはできない。

 火事で失ったのは両親だけではなかった。

 母は妊娠していた。

 火事の起きる数日前、母と話した時のことを今でもはっきりと覚えている。



 ────わっ動いた!


 母のお腹に手を当てていたハジメは、驚き、お腹から手を離す。

 そんなハジメの反応がおかしかったのか母は穏やかな笑みを浮かべた。

 ハジメは、椅子に腰かけている母の顔を見上げて聞く。 


 ────ここに赤ちゃんがいるの?

 ────ええ、そうよ。あなたの妹よ。もうすぐハジメはお兄ちゃんになるの。

 ────本当?

 ────ええ。だから、お兄ちゃんとして、この子を守ってあげてね。

 ────うん!



 守りたかった。

 家族を、妹の笑顔を守れるような人間になりたかった。

 だが、アパートが火事になり、上階に住んでいたハジメ達は逃げ遅れた。焼け落ちた建材が部屋を2分し、避難する途中だったハジメと両親の間を隔てた。出口側にいたハジメは駆けつけた消防士によって助けられたが、両親は逃げ場をなくし、半年後に生まれるはずだった妹とともに部屋の中に取り残され、黒煙の中へと消えた。


「失ったものは決して戻らない」


 ハジメは、悪魔に視線を向けたまま言う。

 悪魔は、八つの足を器用に動かし、ゆっくりとハジメの方に体を向けた。

 あの時、自分にもっと力があれば、両親を救えただろうか。

 何十回、何百回と、そう考えたかわからない。

 だが、どれだけ考えても、守りたかった家族は、もう戻ってこない。

 今となっては、守ることすらできはしない。

 だが。


「だが、それでも、他の誰かの家族を......笑顔を守ることはできる!」


 強い意志の籠った声でハジメは言う。

 悪魔を正面に見据え、言葉を継いだ。


「そして、今日、俺には新しい家族ができた」

「......!」


 ハジメの言葉に剛はハッとし、ピクリと肩を震わせる。

 ハジメは拳を強く握り込んだ。

 思いを固める様に、自らの決意を表すように、誓う。


「今度こそ絶対に、俺は家族を守り通す! それが俺の戦う......命を懸ける理由だ!」


 そう言って、ハジメは、リーシャの方へと振り返った。

 昨夜『契約してくれ』と、ハジメが頼んだ時と同じように、2人は向かい合う。


「だから、リーシャ。俺に命令してくれ。俺に......守る力をくれ」


 ハジメの眼を見て、なぜリーシャは、自分がハジメと契約しようと思ったのか理解した。

 彼は、既に選んでいたのだ。

 リーシャと出会うずっと前から。

 例え、どんなことがあっても、目の前で危機に瀕している人がいたら見捨てない。

 必ず助けると。

 そういう道を歩いていくことを覚悟していたのだ。


「わかったわ」


 リーシャは力強く頷く。

 そして、両手の指先を合わせて、尖塔を作る。

 リーシャの首元の紋章が光を発した。


「我が騎士よ。あなたの主として命令します。あなたに貸し与える力は、あなたのためのものではなく、人々を守るための力......。我が騎士として、その身を懸けて、悪魔から人々を......そしてあなたの家族を守り抜きなさい!」

「イエス......マイロード」


 ハジメは、右腕を掲げる。

 その手の甲には、赤く輝く紋章が現れていた。

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