第8話 家族&命を懸ける理由⑤
剛は、かつて両親と住んでいた家を目指して歩いていた。
家から孤児院まではそこまで離れていないため、そう時間はかからないと思っていたのだが、1年ほど親戚の家を転々し、この地域を離れていたことから、予想以上に道順の記憶が曖昧となっていた。
剛は一度立ち止まり、周りを見渡す。
周囲の景色からなんとか記憶を呼び起こそうとした。
しかし、不意に耳に入ってきた声に集中を乱される。
「楽しみだね! 遊園地!」
声のした方を向くと、3人の親子が手をつないで歩いていた。
真ん中にいる剛と同い年くらいの女の子が、両端にいる両親に、遊園地に付いたら何に乗るか、何を食べるかなど楽しそうに話している。
剛は複雑な面持ちで、その様子を見つめていた。
ほんの1年前までは、自分にもあんな家族がいた。
両親が死んでからは、親戚の家に引き取られたが、上手く馴染むことができず、他の親戚の家を転々とし、最終的に若葉園に連れて来られた。
なぜ馴染むことができなかったかと問われれば、元々そこが自分の居場所ではなかったからとしか言いようがない。
実の子ではないからか、元々そこまで親戚同士で結びつきの強い家系ではなかったからか、どこの家でも、剛は異物だった。
里親の中には、明らかに剛を邪魔者として、扱う人間もいたが、全員がそうだったわけではない。
しかし、どことなく剛と他の家族の間に、1本線が引かれているような、そんな距離感。疎外感が常に付きまとっていた。
それは単に引き取られて日が浅かったからというだけのことかもしれなかったが、なんとなく違うような気がした。
ただ、原因がなんにせよ、それは仕方の無い事だと剛は考えていた。
自分が異物として扱われたのは、そこが自分のいるべき場所ではなかったからだ。
ならば自分にとって正しい居場所とはどこか。
それは、かつて両親と過ごした家以外に考えられない。
あの場所では、自分は求められていたし、自分の代わりはいなかった。
剛は両親を必要としており、剛自身、特別なにかをしていたわけでもないが、自身も両親に必要とされていた。
若葉園の職員は優しかったし、自分と似た境遇の子供もたくさんいたが、両親と過ごした家という確かな居場所がある以上、きっとあそこも自分の居場所ではない。
家に戻ったところで、両親はいないということはなんとなく分かっている。
だがそれでもあの家に戻ることが自分にとって正しい事だ。
まだ、8歳の剛にそこまで明確な考えがあったわけではないが、うっすらとそのようなことを剛は考えていた。
剛はかつての記憶を探る。
おぼろげながら、周辺の地理を思い出し、目的地に向かって、再び歩を進めようとした時────突然全身を寒気が襲った。
なにか物凄く嫌な感じがする。
その感覚の正体までは分からなかったが、ほとんど反射的に剛は上を見上げた。
前方に建っているリフォーム工事中のマンション。その屋上に巨大な蜘蛛がいた。
巨大と言っても、蜘蛛の中ではという意味ではない。中型の戦車に匹敵する体躯を持ち、足は物語に出てくる死神の鎌のように鋭く尖っている。
────怪物だ......!
一目見て、剛はそう思った。
正確には蜘蛛型の悪魔であるが、剛にそのような知識はない。
もし剛が大人なら、悪魔を見ても作り物か何かだろうと判断していただろう。
だが、まだ幼く、空想と現実の区別が明確についていない剛の眼は、ある意味で真実を捕えていた。
金属を思わせる鈍色の体に太陽の光を反射させながら悪魔は、下方を見下ろしている。
今日は作業が休みなのか、マンションを囲う仮設足場に作業員の姿は見当たらず、周辺にいるのは、剛と3人の親子だけだった。
不意に悪魔が踏ん張る様な仕草を見せたかと思うと、その巨体からは考えられないほど大きく飛び上がった。
そして、そのまま、アスファルトで舗装された路面へと着地する。
鋭く尖った足が地面に突き刺さり、大きな地響きが生じた。
大地が揺れ、剛はバランスを崩して転倒する。
仮設足場の一部が倒壊し、地面に鉄パイプなどの鋼材が降り注いだ。
幸いなことに、それらが剛や親子に当たることは無かった。
女の子の両親は女の子に覆いかぶさり、目を丸くして落ちてきた鉄パイプを見つめている。
しかし、そのすぐそばにいる悪魔には、僅かな反応すらも示さない。
どうやら、親子には悪魔の姿が見えていない様だった。
揺れが収まったことを確認すると、両親は立ち上がり、女の子の手を引いて、すぐさまその場から離れていく。
おそらく、またなにかが上から落ちてきた時のことを危惧したのだろう。
反対に剛は、立ち上がることができずにいた。
悪魔は、地面に突き刺さった足を引き抜くと、その場を離れる親子には目もくれず、ゆっくりと剛の方へと向かってきた。
これは剛自身も知らないことであったが、剛は魔力を感じ取れる人間だった。最もその力は現在のハジメやリーシャのものに比べて小さく、ここまで接近してようやく悪魔の存在を感知できるという程度のものであったのだが。
そして、これもまた知る由のないことであったが、魔力とは生命力の変異したものであり、魔力に対する適正を持つ人間の生命力というのは、魔力に近い性質を持つ。人間が消化にカロリーを消費するのと同様、悪魔が喰らった生物の生命力を魔力に変換することにも魔力が必要であり、魔力に近い性質を持つ生命力は効率的に魔力へと変換することができるため、悪魔にとって自分達を認識できる人間というのは栄養価の高い餌であるのだ。
目の前に迫る恐怖に剛は、体のバランスを崩したまま、ただただ後ずさることしかできなかった。
助けを呼ぼうにも、先ほどまで、唯一この場にいた親子も既にいなくなっている。
悪魔は、足を止め、バネ仕掛けのように折り曲げると、剛に向かってとびかかってきた。
剛は目をつぶる。
目をつぶったところでどうにかなるものではないが、かといって直視することもできなかった。
このまま、自分は怪物に食べられてしまうだろう────そう思った時、剛の体が真横に強く引っ張られた。
続けて、剛は自身の身体が、何度か横転するのを感じる。
しかし、頭までしっかりと抱きかかえられていたため、痛みは無かった。
「大丈夫か! 剛!」
聞き覚えのある声がする。
恐る恐る目を開けてみると、その先にハジメがいた。
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