第7話 家族&命を懸ける理由④

「君、剛って言うんだって?」


 ハジメの声に、男の子────剛は、振り向く。

 ハジメは、しゃがんで目線を剛に合わせて言った。


「みんなと遊ばないの?」

「なんで、みんなと遊ばなくちゃいけないの?」


 剛は怪訝そうな顔をハジメに向ける。

 どうやら、初めて出会うハジメのことを警戒しているらしかった。


「何でかあ......そう言われるとちょっと返事に困るなあ」


 ハジメは尻を地面つけ、足を延ばした。

 両手で体を支え、空を見上げながら言葉を紡ぐ。


「なんていうか......みんなでいると楽しい時はその分楽しい気持ちになれるし、辛い時にはそれをみんなで分かち合えるって俺は思うんだよね。もちろん、時には1人でいたいこともあるだろうし、1人でいるのが好きだっていうんならそれでいいと思うけど。なんか、1人で思い悩んでいるように見えたからさ」


 そう言ってハジメは剛の方を向く。

 微笑みを顔に浮かべて再度口を開いた。

 

「悩みがあったらさ、周りを頼ってもいいんだよ。ここには、たくさん子供がいるから、佐倉さんたち大人だけじゃ、全員の面倒は見切れない。だから大きい子は小さい子の面倒を、小さい子はもっと小さい子の面倒を見る。そうやってみんなで支え合って生きているんだ。血の繋がりは無いけど、ここではみんなが家族なんだよ。まあ、すぐには受け入れられないかもしれないけどさ、ちょっとずつでいいから、みんなのこと信じてみてくれないかな」

「......」


 剛は答えない。

 笑顔を保ったままハジメは剛の方を見ていたが、突然しまった、という風に声を上げた。


「あ、ごめん! 俺の名前言ってなかったね。俺は最上ハジメ。俺も数年前までこの若葉園にいたんだよ。だから、剛と俺も家族な」


 剛に向かってハジメは左手を差し出す。

 差し出された手を剛はジッと見つめていたが、しばらくして言った。


「お前なんか家族じゃない!」


 剛はハウスの方へとかけていく。

 ズボンに付いた砂を手で払い、ハジメは立ち上がった。

 しかし、剛を追うことはせず、後ろ姿を眺めるだけに留まる。


「ハジメ兄ぃでも駄目だったか......」


 剛の走っていった方を見ながら、入れ違いに由衣が歩み寄ってきた。

 同じ方向に視線を向けたままハジメは答える。


「いや、いつかきっとわかってくれるさ。俺達にできることは、剛が俺達を家族と認めてくれた時に、暖かく迎え入れてやることだ」

「......うん、そうだね」


 ハジメの言葉に、小さな笑みを浮かべて、由衣は頷いた。


「ねえねえ! ハジメ兄ちゃん! 縄跳びしよう!」


 ふと、声のした方を向くと、縄跳びを持った2人の女の子がハジメを見上げていた。


「よーし、いいぞ! 新たに習得した俺の必殺技、四重ハヤブサ飛びを見せてやる!」


 ハジメは、女の子たちに向かって笑顔で言う。

 そして、女の子たちと共に縄跳びの置いてある遊具倉庫に向かって歩いていった。




「みんなー、お昼ごはんの時間よー! ご飯を食べる前にちゃんと手を洗いましょうねー!」


 佐倉が運動場の子供たちに呼びかける。

 子供たちは水道に集まり、順番に手を洗い始めた。

 ハジメは、ハウスの壁面に設置されている時計に目を向けた。

 既に時計は12時を指している。


「もう、こんな時間か。俺達も帰るか」

「うん」


 ハジメの言葉に、リーシャも同意する。


「佐倉さん。俺達もう帰りま────」

「ハジメ兄ぃ!」


 帰る前に佐倉に一声かけておこうとしたが、ハウスの方から走ってきた由衣の声に遮られる。

 僅かに息を切らしながら、由衣は聞いてきた。


「剛君見なかった?」

「いや、見てないけど、どうかしたのか?」

「私も見ていないわね」


 ハジメに続いて、佐倉も答える。

 すると、由衣は表情を重くし、 


「あの後、私もちゃんと剛君と話してみようと思って探してたんだけど、どこにもいないの。......もしかしてここを抜け出したのかも」

「抜け出した!? 大変じゃないか! 俺、ちょっと探して来る!」

「探してくるって行先に心当たりはあるの?」


 ハジメは門の方に駆け出そうとするが、リーシャの問いに足を止める。

 それから、ハッとしたように佐倉が口を開いた。


「もしかしたら、前にご両親と暮らしていた家に行ったのかも」

「その家の場所は!?」

「ここからそう遠くはないわ。ちょっと待ってて。住所を紙に書くから」


 そう言って佐倉はハウスの中へと入っていった。

 念のためハジメは剛がいないか、運動場や水道の方を見回していたのだが────

 

 ゾワリ。


 と、突然遠くからなにかを感じ、素早くそちらを振り向いた。

 なにかと表現したのはハジメにもそれがなんなのか分からなかったからだ。

 気配......というより存在と言うべきだろうか。

 禍々しいなにかが遠くことが感覚で分かる。


「なんだ? この、嫌な感じ......」

「悪魔よ」


 周囲に聞こえない声で、リーシャが答えた。


「え、悪魔って......昼にも出るのか!? あんなものが街中に出たら、パニックになるぞ!」


 昨日は夜だったのと人通りの少ない場所だったことから、周囲に人はいなかったが、今は昼間だ。悪魔が街中に現れたのだとしたら、どれだけの騒ぎが起きるか想像もつかない。


「いや、そこに関しては心配ないわ。昨日も言ったけど、悪魔の体は魔力で構成されているの。そして、魔力に対して適正のある人間にしか、悪魔の姿を認識することはできない。ハジメの様に魔力を感じることのできる人間というのは、この世界では珍しい存在なの」


 あくまで、冷静にリーシャは言葉を返す。

 それを聞いて、ハジメは昨日リーシャが自分に言った言葉を思い出した。


『あなた......あれが見えるのね』


 あの時は意味が分からなかったが、あれは自分が悪魔を認識できることに対しての言葉だったのか。

 確かに言われてみれば、この感覚はリーシャと契約した際、紋章から感じた魔力と酷似している。

 ただ一つ決定的に異なっているのは、リーシャの魔力が暖かい太陽をイメージさせるものだったのに対し、悪魔の魔力は禍々しく、本能的に嫌悪感を感じるものであったということだ。


「いや、でもちょっと待ってくれ。俺今まで、こんな風に悪魔の魔力を感じたことなんて......」

「私と契約して、直接体に魔力が流れたことで、今まで眠っていた魔力に対する感応能力が目覚めたんだと思う。それより急いだほうがいいわ。悪魔は餌として人間を喰らい、その生命力を魔力に変換して自身の体に取り込むの。例え、街の人達が悪魔を認識できなくても向こうは襲おうとするはず」

「な、なんだって!?」


 ハジメが声を上げた時、丁度、ハウスから佐倉が出てきた。


「ハジメ君!」


 佐倉は、ハジメに住所の書かれた紙を手渡す。

 ハジメとリーシャは、紙に書かれた住所を見た。そして、思わず目を見開く。


「な!? ここって......」


 紙に書かれた住所────剛の家は、悪魔の現れた場所と同じ方角にあった。


「剛......」


 ハジメは剛の顔を思い浮かべる。

 もし、剛が自分の家に向かったのなら、途中で悪魔と鉢合わせてしまう可能性がある。


「よし、リーシャ、急ごう!」

「ええ!」

 

 ハジメとリーシャは魔力を感じた場所に向かって走りだす。

 とにかく、まずは悪魔をなんとかしなくては。

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