第6話 家族&命を懸ける理由③
「ここって......孤児院ですよね」
「ええ、そうよ。ここにいるのは、みんな身寄りのない子供たち」
リーシャの問いかけに同意しつつ佐倉は運動場の方に目を向けた。
運動場では、ハジメと子供達が一緒になって遊んでいる。
リーシャと佐倉は孤児院のハウスのポーチの段差に腰かけており、少し離れた場所に由衣も腰を下ろして、2人の話に耳を傾けていた。
「じゃあ、もしかしてハジメも......」
「......火事だったらしいわ」
複雑な表情を浮かべ、佐倉は頷いた。
「住んでいたアパートが火事になって......ハジメ君は助けられたけど、ご両親は取り残されて、そのまま......」
「そんな......!」
佐倉から告げられたハジメの過去に、リーシャは胸を締め付けられる思いがした。
しかし、そんな重たい空気を打ち破るように、近くで明るい声が上がる。
「いやー! みんな、元気が有り余ってるなー!」
リーシャが視線を向けると、ハジメがこちらに歩み寄ってきていた。
リーシャは座ったままハジメの顔を見上げる。
今まさに自分のことが話題に上がっているとは露知らず、ハジメは明朗な笑みを浮かべていた。
その表情からは、とてもそんなつらい過去を抱えている人物とは思えない。
「ん? どうかした? 俺の顔になんか付いてる?」
自身に向けられる視線に気づいたハジメが、不思議そうに問いかける。
慌てて、リーシャはかぶりを振った。
「ううん。なんでもない」
「そっか。ああ、そうそう、由衣!」
リーシャの返答に納得しつつ、ハジメは思い出したように由衣に声をかけた。
「なあに?」
「いや、あの子なんだけどさ......」
そう言って、ハジメは運動場の方を指差す。
運動場の端に、1人の男の子がいた。
歳は7、8歳くらいで、何をするでもなく、その場に立って他の子どもたちが遊んでいるのを眺めている。
立ち上がって由衣は言った。
「ああ、剛君ね」
「新しい子? なんか、あんまり周りと馴染めていないみたいなんだけど」
「うん。交通事故で両親を亡くして1ヵ月前にウチに来たの。それまでは親戚中をたらい回しにされていたらしくて、周りに壁を作ってるみたい」
「ふーん。よし。ちょっと俺、話してくるよ」
言うが早いがハジメは、男の子の方へとかけていく。
そんなハジメの背中を見ながら、由衣は呟いた。
「変わらないなあ。ハジメ兄ぃは」
由衣の言葉にリーシャは気になって、問いかけた。
「ハジメは......昔からああなの?」
「うん。私が初めて若葉園に来た時もそうだった」
再び腰を下ろして、由衣は語り始める。
「5歳のころ両親が病気で死んで、経済的な理由から引き取ってくれる親戚もいなくて、私はここに連れて来られたの」
落ち着いた様子で由衣は話していたが、その声には僅かに寂しさの色が見えた。
「自分は誰からも必要とされていない。この世界にもう自分の味方はいないんだ。そう思うと────凄く悲しい気持ちになって、『家に帰りたい』、『家に帰して』ってずっと泣いていた」
由衣は、思い出す。
突然、若葉園に連れて来られて、運動場で1人泣いていた幼い自分を。
孤独で、不安で、どうにかなってしまいそうだった自分を。
「でも、そんな時、ハジメ兄ぃがやってきて言ってくれたの」
『大丈夫。ここが君の家だよ』
「すごく優しい笑顔だった。なんていうか......大人が子供をなだめるために、作る見せかけの笑顔じゃなくて......心の底から大丈夫って言ってくれてるみたいで。その笑顔を見ている内に、本当になんだか大丈夫だって思えてきた......」
『本当の家に帰れなくなった子にその励まし方はどうなんだ?』とリーシャは思ったものの、当時の由衣はハジメのその言葉に救われていたようなのであえて口に出しはしなかった。
代わりに佐倉が口を開く。
「ふふっ。由衣ちゃん。ハジメ君にべったりだったもんね」
「ちょっ! 佐倉さん!」
佐倉の言葉に由衣は顔を赤らめ、慌てふためく。
その様子がおかしくて、思わずリーシャは笑ってしまった。
そして────運動場のハジメに目を向ける。
「最上ハジメか......」
自分にしか聞こえない声で 自身と契約を交わした男の名を呟く。
普通の人間は、悪魔なんてものを見たら、すぐに逃げ出し、関わらまいとするだろう。
それは、この世界の住人に限らず、リーシャの世界でも変わらない。
最もそれは間違ったことではないし、普通の反応だ。
しかし、ハジメは悪魔を見て、あんな目にあったにも関わらず、逃げるどころか、リーシャの運命をも一緒に背負うと言った。
だからこそ、リーシャはなぜハジメがそこまでしようとするのか、その場の勢いだけで悪魔との戦いに身を投じようとしているのではないかと、ずっと考えていた。
正直なところ、悪魔と戦うことに対してハジメが本気で覚悟を決めているのか、まだ疑いは持っている。
だが、僅かな時間ではあるが、ハジメと行動を共にしている内に、リーシャにも最上ハジメという人物が少しずつ解ってきた様な気がした。
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