第5話 家族&命を懸ける理由②
『軽い捻挫ですね。とはいえ、もうほとんど治りかけていますし、強いて言うなら全力疾走は避けた方がいいでしょうが、普通に日常生活を送る分には何も支障はありませんよ』
「大した事がなくてよかったよ」
「だから言ったでしょ」
病院を出て、ハジメとリーシャは、並んで街を歩いていた。
周囲には我先にと天を目指して、競うように、高層ビルや高級マンションが立ち並んでいる。
────この街も変わったな。
そんな街の風景を見て、ハジメは心中でそう独り言ちた。
幻都────正式名称、幻都市。元は普通の地方都市だったが、十数年前の再開発により急激に発展し、今は都心にも匹敵する大都市となっている。
昔は建物だけでなく自然も多い街だったのだが、今となってはそれもめっきりと減ってしまった。
街に活気が増えること自体はいいことだし、ハジメは別にナチュラリストというわけでもないため、再開発に対してどうこう言うつもりはないが、幼い頃の景色が無くなるということについては少し寂しさを感じる。
ふと視線を街から戻すと、先ほどまで自身の横を歩いていたリーシャがいなくなっていた。
後ろを振り返り見る。
視線の先────数メートル後方でリーシャが俯き、その場に立ち止まっていた。
「あれ? リーシャ、どうかした?」
ハジメはリーシャに歩み寄る。
もしかして、足が痛むのだろうか?
そんなことを考えていると、俯いたままリーシャが言葉を返した。
「本当に......いいの?」
「え? なにが?」
言ってる意味が解らず、ハジメは聞き返す。
「私と契約した以上、あなたはこれからも悪魔と戦い続けなければならない。あなたと結んだ契約は、『騎士の契約』と言って、術者と騎士の間に強固な繋がりを生む代わりに、どちらかが生命の危機に瀕しない限り、私の意志でも契約を解くことができないの。昨日はなんとかなったけど、これから先は、もっと危険な目に────それこそ命を失う可能性だってあるかもしれない」
「ああ、そうなのか......」
納得したように、ハジメは、首を縦に振る。
しかし、すぐに人懐っこい笑みを浮かべ、あっさりと、答えた。
「まあでも、大丈夫だよ。きっとなんとかなるって」
「茶化さないで!」
ハジメに、そんな気は無かったのだが、リーシャはふざけていると受け取ったらしい。
強い口調で怒鳴ったリーシャの気迫に流石のハジメも押し黙る。
神妙な面持ちのままリーシャは続けた。
「悪魔との戦いは命懸けなの。戦うのなら、命を懸けるということについて、本気で考えて。いくら契約しているとはいえ、命を懸ける覚悟も理由も持っていない人の力を借りるわけにはいかない」
気まずい沈黙が訪れる。
ハジメは顎に手を当て、考えるようなポーズをしたまま呟いた。
「......命を懸ける理由かあ」
「ごめんなさい。昨日助けて貰ったのにキツイ言い方して......」
打って変わって消沈した様子でリーシャが言う。
ハジメは、しばらくリーシャの方を見つめていたが、やがて思いついた様に口を開いた。
「あ、そうだ! 俺、ちょっと寄っていきたいところがあるんだけど、いいかな?」
「え、ええ......構わないけど」
リーシャが了承すると、ハジメはリーシャに背中を向け、歩き出した。
『一体どこに行くのか?』という疑問もあったが、とりあえずリーシャもハジメについていくことにした。
「ここだよ、ここ」
そう言って、ハジメは前方を指し示す。
その先にあったのは、小さな黒い門。その向こう側に大きな2階建てと見られる建物があった。
建物と門の間には遊具のある小さな運動場があり、たくさんの幼い子供たちがそこで遊んでいる。
門の取り付けられているブロック塀に、木製の看板が付いており、『若葉園』と書かれていた。
ハジメは、門を開けて敷地内へと入る。
すると、ハジメに気づいた子供たちがハジメの方へ一斉に駆け寄ってきた。
「あ、ハジメ兄ちゃん!」
「ハジメ兄ちゃんだー!」
「おー! みんな元気だったかー!」
ハジメは腰を落とし、両手を広げて、集まってきた子供たちを迎える。
あっという間にハジメは子供たちに取り囲まれてしまった。
引っ張られたり、おぶさられたり、もみくちゃにされているが、それでも、ハジメは怒ることもなく、子供たちに優しい笑顔を向けている。
「あら、ハジメ君! 久しぶり!」
やがて、建物の方から初老の女性が歩いてきて、ハジメに声をかけた。
少しやせているが、優しそうな女性である。
「あ、佐倉さん。ご無沙汰してます」
ハジメは子供たちの相手をしながら、女性に頭を下げた。
「ねえ。ハジメ、ここって......」
遅れて園内に入ってきたリーシャがハジメに問いかける。
ハジメは振り向き、頷いて言った。
「若葉園。俺の実家」
「実家......?」
ハジメの言葉にリーシャは、少なからず戸惑った。
多くの子供たちがいる施設。リーシャはここがどこなのか察し、そして、そこから導き出される結論に至ってしまった。
「ハジメ。もしかしてあなた────」
リーシャはハジメに問いかけようとする。しかしその時、誰かの声が割って入ってきて、リーシャは続く言葉を呑み込んだ。
「ハジメ兄ぃ?」
声のした方を向くと、中学生くらいの女の子がそこに立っていた。
少女は目を丸くし、どこか呆けた様子でこちらを見つめている。
「おー、由衣! 久しぶり!」
ハジメは少女に手を振り、声をかけた。
由衣と呼ばれた少女は、ハジメとリーシャを交互に見やると、僅かに眉にしわを寄せ、言った。
「え......ハジメ兄ぃ、その女の人誰? もしかして......ハジメ兄ぃの彼女?」
『彼女?』
少女の言葉にハジメとリーシャは、同時に声を上げて、互いの顔を見る。
しばらくそのまま見合った後、少女の方に向き直り右手を振って、同時に答えた。
『いや、違う違う』
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