第10話 家族&命を懸ける理由⑦
ハジメの手の甲の紋章から火球が出現する。
火球はハジメの体をぐるりと旋回し、正面で静止した。
ハジメは両腕を伸ばし、目の前の火球を掴み取る。
それと同時に火球は形を変え、鞘から柄まで真紅に染まった一振りの剣となった。
鞘から剣を一気に引き抜き、鞘を腰のベルトに差し込む。
そして、剣を両手持ちにして、構えた。
リーシャの隣で、剛が愕然とした様子でその光景を見つめていた。
剛の視線を背中に受けながら、ハジメは悪魔へと向かって走る。
「うぉおおおお!」
走りながら、ハジメは剣を振りかぶり、8本ある悪魔の足の1つに向かってそれを薙ぐように振るった。
しかし、甲高い金属音が鳴り響き、勢いよく剣が弾かれる。
「か、硬った!?」
どうやら、金属のようなその体は見掛け倒しではないようだった。
腕に伝わった反動に驚き、ハジメは自身の両腕を見つめる。
だが、いつまでも驚いている暇はなかった。
悪魔はその硬く鋭利な前足を振り上げると、真っ直ぐハジメに向かって振り下ろしてきた。
素早く側方に転がり、攻撃をかわす。空を切った足がアスファルトを突き破り、地面に深く突き刺さった。
突き刺さった足を引き抜き、悪魔はもう一方の前足と共に振り回してくる。
魔力により向上した動体視力と身体能力で、ハジメはなんとか攻撃をかわし続けていたが、一向に攻撃が止む気配はなく、一旦後方に下がることにした。
なんせ、アスファルト舗装の路面でさえ、ビスケットのように貫く前足だ。
あんなものが当たれば、ハジメなど簡単に串刺しにされてしまうだろう。
しかし、距離を取っても悪魔の攻撃の手が緩むことは無かった。
口と思われる部分が突然、開かれたかと思うと、そこから白いなにかが勢いよく発射される。
素早く横に飛びのく。
吐き出されたものに視線を向けると、先ほどまで自分がいた場所に白い網状の物質が張り付いていた。
悪魔の姿から察するにおそらく獲物を捕らえるための糸だろう。
悪魔は続けざまに、口から糸の塊を発射してくる。塊が空中で広がり、投網のようになってハジメを捕えようとしてきた。
幸い、かわせない速度ではなかったが、こう遠距離から攻撃を続けられては、剣による近接攻撃手段しか持たないハジメは防戦一方とならざる負えない。
「これじゃあ、埒が明かない......!」
しびれを切らし、ハジメは悪魔を目指して真っ直ぐ突っ込もうとする。
迎撃するべく、悪魔が口から糸を発射した。
それに合わせて、ハジメは足に力を込め、高く跳躍した。
糸の網を軽々と飛び越え、悪魔に向かって降下していく。
そのまま落下の勢いを利用して、悪魔に一撃を喰らわせようとした時、後ろでリーシャの叫び声が聞こえた。
「馬鹿! うかつに飛び込んじゃ駄目!」
「え?」
リーシャの言葉に、再び悪魔を注視する。ハジメが飛び上がっている間に、悪魔は狙いを付け直しており、空中のハジメに向かって糸を吐き出してきた。
「うぉわぁああああっ!」
悪魔の動きには気づいたものの、空中では身動きをとることができず、ハジメは網に捕えられる。
そして全身を拘束されたまま、地面へと墜落した。
なんとか網を振りほどこうと試みるが、網は粘着性と伸縮性を兼ね備えており、いくらもがいても、千切れるどころかかえって体に絡みついてきた。
悪魔がゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、止めを刺すべくハジメに向かって、前足を振り上げた。
「うわっ! やばいやばいやばいやばい!」
ハジメは逃げようと身をよじったが、網はハジメの体だけでなく地面にも張り付いており、ほとんど身動きを取ることができない。
「ああっ、もう!」
呆れと苛立ちの籠った声を上げ、リーシャは、両腕を突き出した。
組み合わせた手のひらから火球を生み出し、ハジメに向けて飛ばす。
火球は、ハジメに絡みつく糸に触れると、たちまち全体に燃え広がった。
「熱っつつ! おわぁっ! 熱っつい!」
糸と一緒に自身の服にも火が付き、ハジメはのたうち回るが、拘束も緩んだ。
後ろへと転がり、間一髪、悪魔の一撃をかわす。
そのままリーシャの元まで転がり、服に燃え移った火を消してからハジメは起き上がった。
「あ、ありがとうリーシャ。......ああでも、困ったな。あれじゃあそう簡単には近づけないし、例え近づけても、硬くて攻撃が通らない」
節々から煙を立ち昇らせながら、ハジメは腕を組む。
なかなか荒っぽい救出方法ではあったが、死ぬよりかは幾分かマシではあった。
そんなハジメに再びリーシャが口を開く。
「悪魔の口を狙って」
「口?」
「ええ。悪魔が糸を吐き出すために口を開けた瞬間、そこに攻撃を加えるの。内部から攻撃すれば、装甲の厚さは関係ない」
聞き返すハジメに、頷いてリーシャが答える。
確かに口の中ならば、こちらの攻撃も通るだろう。
だが、実際にそれを実行できるかは全くの別問題だ。
まず、始めにあの糸の網をかいくぐって近づくこと自体が難しいし、ましてや、丁度悪魔が口を開けた瞬間に、糸を避けつつ、口の中を攻撃するというのは、少なくともハジメとっては不可能に近い。
「いや、リーシャ。理屈は分からないでもないけどさ。そもそも今は近づけないから困っていて────」
「近づく必要はないわ。ハジメは、悪魔が糸を吐いた時に、口に向かって剣を突き出してくれればいいの」
────近づく必要は無い。
一体どういう事だろうか。
リーシャの意図が分からず、ハジメは眉をひそめる。
だがリーシャの表情は、紛れも無く真剣だった。
悪魔の方を見やると、既に悪魔がこちらに向かって歩いてきていた。
どうやら全てを聞いている暇はないらしい。
ハジメは、再びリーシャの方を振り返る。
そして、顔に笑みを浮かべて言った。
「わかった。信じるよ」
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