第11話 家族&命を懸ける理由⑧
「わかった。信じるよ」
顔に笑みを浮かべて、ハジメは言った。
そして、数歩前に出て、向かってくる悪魔に剣を構える。
リーシャがなにを考えているのかは分からない。
だが、きっとリーシャには、なにか勝算があるのだろう。
ならば、今の自分にできることは、リーシャを信じて動くことだ。
自分は、人々を守るため、リーシャの騎士として、命懸けで戦うことを誓った。
なのに、この程度の信頼もできずして、どうしてリーシャに共に戦っていくと言えようか。
悪魔がもう一度ハジメを捕えるべく、糸を吐き出してくる。
ハジメは、十分に対応できる距離を保ったまま、糸をかわし続けた。
少し経ってから悪魔の攻撃が止まる。その隙に、ハジメは腰を落とし、腕を引いた。
今は閉じている悪魔の口に切っ先を定め、いつでも突きを放てるよう構えをとる。
それを見てリーシャは、胸の前で、尖塔を作った。
これはリーシャの家に伝わる精神集中の構えだ。
魔術を発動する際に必要なのは、『使用する魔術の構成』と『魔力』である。
構成とは、魔術領域────リーシャの世界ではそう呼ばれている特殊な精神の領域────で、組み上げる電気回路における回路のようなもので、そこに魔力というエネルギーを流すことで、魔術が発動する。
騎士を介する場合には、組み上げた魔術の構成を情報化し、魔力と共に紋章を通じて、騎士に送り込み、発動させなくてはならない。
効果の強い魔術ほど、それらの過程には高い集中力を必要とする。
逆に言えば、それらができてさえいれば良いため、構成がそれほど複雑でない、効果の弱い魔術を使用する際には必ずしも構えは必要というわけではない。
リーシャが作り上げた魔術の構成が、紋章を通じて、ハジメに送り込まれる。
2人の紋章が輝き、魔術が発動した。
紋章から大きな炎が現れ、そのまま剣へと吸い込まれていく。
焼き入れ途中の刀のように剣が赤く輝いた。
ハジメは全ての集中力を悪魔へと向けた。
ほんの一瞬だけ、場に静寂が訪れた。
そして、沈黙を────均衡を破るように、悪魔が口を開き、糸を吐き出す。
その瞬間、ハジメは開いた悪魔の口目掛けて、剣を思いっきり突き出した。
閃光が走る。
ハジメの剣の切っ先から、太い熱線が放たれた。
超高密度の熱エネルギーに、糸の網は一瞬にして蒸発する。
熱線はそのまま悪魔の口を通して体内に達すると、内側から悪魔の体を貫いた。
熱線により、口から腹部までを串刺しにされる悪魔。
いや、それは熱線ではなかった。
それは────とてつもない長さの刀身を持つ巨大な炎の剣だった。
「ハァッ!」
ハジメは、剣を左に薙ぐ。
炎でできた剣が悪魔の左半身を走り抜けた。
返す刀でハジメは、まだつながっている悪魔の右半身を完全に切断する。
体を上下に真っ二つにされた悪魔は、断末魔のような
悪魔の体を構成している闇の魔力の黒い粒子が辺りに舞い散る。
ハジメの剣────魔装具────は役割を終えると、炎へと戻り、ハジメの紋章に吸い込まれていった。
紋章を掲げて、辺りの粒子を全て吸い込むと、リーシャの方へ振り返り、ハジメは笑う。
「あれなら、わざわざ口を狙う必要は無かったんじゃないかな?」
「戦いでは、常に最悪の事態を想定しておくものよ」
そう答えて、リーシャも笑った。
リーシャに歩み寄りながら、ハジメは右手を上げる。
それを見て、一瞬リーシャは不思議そうな顔をしたが、やがて意図を察し、右手を上げた。
パンッ!
軽い、2人のハイタッチの音が響く。
ハジメは満足そうな表情を浮かべると、しゃがみ込み、リーシャの横で固まっていた剛に声をかけた。
「剛って、あの怪物の姿が見えるのか?」
ハジメの問いかけにハッとしつつ、剛は首を縦に振る。
「そっか。じゃあ、このことは『若葉園』のみんなには内緒にしてくれないか?」
「どうして?」
「まあ、言ったところで信じて貰えるか怪しいってところもあるけど......やっぱり変に心配かけたくないからさ」
照れ臭そうにハジメは頭をかいた。
「ああ、それと。もう一つ、頼みたいことがあるんだ」
そして、思い出したように言葉を継ぐ。
「もし、これから先、今みたいに怪物が近くに現れることがあったらそれとなく、周りのみんなを逃がしてほしいんだ。もちろん、どこにいたって俺達はすぐに駆け付ける。だから、それまで俺の代わりに俺達の家族を守ってほしいんだ」
「家族......」
「ああ、俺と剛で俺達の家族を守るんだ。皆には内緒でだけどな。......頼んでいいか?」
ハジメは剛に問う。
頼まれる。それは剛にとって両親を失ってから初めてのことだった。
基本的に、剛はどこでも気を使われる側だった。
内心はそれぞれ異なるだろうが────幼くして、両親を失った剛を周りは腫れもののように扱った。
だが、そんな剛に、ハジメは頼みごとをしている。
気休めやごまかしではなく。ただ一人の人間として。家族として。
剛という人間を必要としている。
両親と暮らした家に未練がなくなったわけではない。
あの場所で過ごした日々は、思い出は、今も自分にとって一番大切なものだ。
だが、それとは別に、もう一つ自分にとっての確かな居場所ができたような気がした。
「うん。わかった!」
剛は強く頷く。
「よし、男と男の約束だ!」
そう言って、ハジメは剛に拳を突き出した。
剛も拳を握り、互いにそれをつき合わせる。
それは証だった。
互いに対等な存在として、約束を交わす儀式。
剛が笑う。
ハジメも笑う。
そんな2人を見て、リーシャも笑っていた。
空に輝く太陽が、3人を明るく照らしていた。
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