第14話 姉妹&ゲーム③
横────と言ってもここはマンションの屋上だ。
高さは20メートル近くあり、本来誰かが割り込んでくるなどあり得ない。
だが、確かにその人影は常人をはるかに超えた跳躍力で、隣のマンションの屋上からこちらに飛び移ってきた。
ハジメの位置からでは、その人影が男か女かどうかも窺い知れなかったが、左手に長物が握られているのが見えた。
飛び移った勢いを利用し、影はそのまま悪魔の内の一体に突きを見舞う。
その動作から、ハジメはそれが槍かと思ったが、夜の街の明かりを反射する刀身を見て違うと判断する。
それは薙刀だった。
縦へ横へと薙刀が繰り返し振られ、的確に悪魔にダメージを与えていく。
突然の乱入者にもう一体の悪魔が横から飛び掛かかるが、影は半円状に薙刀を振り回し、それを迎撃した。同時に体の向きを変え、そのままもう一体の悪魔に向かって、攻めかかる。
無駄のない、戦いなれた動き。
その戦いぶりを見て、茫然とリーシャが呟いた。
「騎士......」
「え?」
一瞬リーシャの方を向いた後、ハジメは前方に視線を戻す。
────あれが騎士なのか。
自分以外に騎士がいること自体、ついさっき知ったばかりだったが、隣のマンションの屋上からここまで飛び移ってきた身体能力と魔装具と思しき武器。そしてなにより悪魔と戦っているといったことから、おそらくリーシャの言っていることは正しいのだろう。
2体の悪魔は、ハジメよりも先に影を排除するべきだと、判断したようで、体中から魔力の粒子を漏らしながら、挟みうちにする形で影を囲む。
先ほど、ハジメがやられたのとを同じ状況だ。
しかし、影は動じることなく、腰を落とし構えをとった。
悪魔が左右から同時に飛び掛かってくる。
「ハァッ!」
円を描くように薙刀が振り回された。
ゴウッと風を切る音がハジメにまで聞こえてくる。
銀の軌跡が円状に走り、悪魔の体を大きく吹き飛ばした。
2体の悪魔はそれぞれ反対方向へと飛んでいき、柵を越え、そのまま屋上から地面へと落下した。
それを見て、しまったというように、影が片手で頭を抱え、声を上げる。
「あー、勢い余って逃がしちまった......」
声からして若い男のようだった。
「ね、ねえ! 君!」
ハジメの呼びかけに男が振り向く。
ハジメは男に歩み寄りながら手を差し出した。
「助けてくれてありがとう。俺は最上ハジメ。君も騎士なんだろう。これからは一緒に......」
────戦おう。
そう言いかけた時、男が突然ハジメに向かって突きを放ってきた。
「うわぁっ!?」
間一髪、剣で防ぐが、踏ん張ることまではできず、後方に吹き飛ばされる。
「ハジメ!」
先ほどと同様に、リーシャが声を上げ、駆け寄ってきた。
「な、なにするんだ、いきなり!?」
立ち上がり、ハジメは男に向かって叫んだ。
男は何も答えない。だが、代わりに別の人間の声が返ってきた。
「ようやくアンタもこの世界の人間と契約したかと思ったら、また随分と鈍そうな奴を選んだわね、リーシャ」
ハジメ達が上ってきたものとは別の、向かい側に設置された階段。そこから、カツンカツンと階段を上る足音が聞こえてくる。
やがて、屋上に声の主と思われる人影が現れた。
人影はこちらに歩み寄ってくる。
近づくにつれ、その姿が露わになった。
長い髪に、切れ長の気の強そうな瞳が印象的な美人。
動きやすいカジュアルな服装だったが、その立ち姿にはどこか気品のようなものが感じられた。
「セティ姉さん!」
女の顔を見て、リーシャが声を上げる。
「え? 姉さん?」
驚いた様子で言うハジメに、女が口を開いた。
「エヴァンス家、第四子、セティ=エヴァンスよ。で、こっちが私の騎士────」
「
悠一と名乗った男にハジメは目を向ける。
歳はハジメより2、3下だろうか、顔にはまだ少し幼さが残っており、肌は白く、華奢な体つきをしている。しかし、容姿そのものはなかなか整っており、『同世代の異性には人気がありそうだ』というのが正直な感想だった。
右の手の甲には、ハジメと同様に騎士の証ともいうべき、紋章が刻まれている。ただし、ハジメのものとは違いその色は、晴れた日の海の様な青色であったが。
「同じ騎士だっていうなら、なおさらどうして攻撃してきたんだ?」
眉を寄せ、ハジメは、悠一に問いかける。
しかし、悠一は困ったような表情を浮かべると────
「なんでって言われても。より多くの悪魔を倒して、魔力を取り込まないと強くなれないからなあ。他の騎士がいるとそれだけ俺の取り分が減るし」
「別に、誰が強くなったっていいじゃないか。君だって悪魔から人々を守るために騎士になったんだろう。だったら、俺達が争う必要なんてないはずだ」
ハジメの言葉に、悠一はキョトンとした様子で目を見開く。
だが、不意に堰を切ったように吹き出したかと思うと、声を上げて笑い出した。
「アンタ面白いことを言うねえ。人々を守る? あいにく俺が悪魔と戦っているのは楽しいからさ。この悪魔狩りってのはこの上なくスリリングなゲームなんだぜ?」
「ゲーム......?」
軽々にそう答える悠一に、ハジメは目を細める。
「あら、私は真剣にやってるわよ。なんたって......この戦いには女王の座がかかっているんだからね」
「え? 女王って......一体何のことだ?」
横にいるリーシャへと振り返り、尋ねる。
複雑な表情を浮かべ、リーシャは俯いていた。
その様子を見て、セティが眉をひそめる。
「さっきから、妙に話が噛み合わないと思ってたけど、もしかしてリーシャ。アンタまだ話してないの?」
「......」
リーシャは答えない。
その沈黙を肯定と受け取ったようで、ため息をつきセティは、語り始めた。
「かつて、パンドラボックスに悪魔を封印した魔術士。その子孫が私達っていうことくらいは、流石に聞いているでしょ? 世界を救った魔術師の元には、自然に多くの人々が集まり、やがてそれは国となったの。それが、私達の祖国、エヴァンス王国の始まり。今やエヴァンス王国は、レガリア全土を統治する大国家で、私やリーシャ、この世界にやってきた姉妹達は皆、今は亡き前王の血を引くエヴァンス王国の王位継承権を持つ王女なの」
「リ、リーシャ達が王女!? っていうか、今は亡きって......」
「父は私が子供の頃に亡くなったの。今ではその前の第の王である祖父が代理で国を治めているわ」
後ろからリーシャが説明を補足する。
「そうなのか。それは、なんというか......ごめん」
「ううん。昔のことだから」
弱弱しい微笑を浮かべ、リーシャは首を横に振る。
「でも、なんだって、一国の王女がこんな危険なことを?」
セティの方に向き直り、当然ともいうべき疑問をハジメは口にした。
それに対してセティが答える。
「悪魔の闇の魔力を浄化し、吸収するこの紋章は、王家の中でも特に強い魔術の素養を持つ本家の人間にしか扱えないの。それに、レガリアは魔術の発展した世界。エヴァンス王国の国王はレガリアを治めると同時にレガリアの全ての魔術師の頂点に立つ存在でもあるの。だから、魔術師としても優れた存在でなくてはならない。それで、この世界に来る前、私達に悪魔の討伐を命じたお爺様が言ったの。悪魔の王マディウスを討伐したものを次の王にすると」
「悪魔の王......?」
印象的なその単語に、ハジメはオウム返しに聞き返す。
ハジメがそうすることを分かっていた様に、セティはすらすらと言葉を継いだ。
「かつて悪魔を率いていたとされる伝説的な存在の悪魔。最もどんな姿をしているのかも、どれほどの力を持っているのかも伝わってはいないわ。でも一つだけマディウスに関する面白い言い伝えがあるの」
もったいぶるようなタメをセティは作る。
そして、笑みを浮かべて言った。
「マディウスは『あらゆる願いを叶える力』を持つと言われている」
ナイト&クイーン 赤佐田奈破魔矢 @Naoki0521
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