魔水晶

大田康湖

魔水晶

 お嬢さま、それがお気に入られましたか?

 「指水晶」と言いましてね、ほら、母岩が掌で、水晶柱がまるで五本の指みたいでしょ。お嬢さまの手を透き通らせたら、きっとこんな風になるんでしょうな……。

 実はね、これにまつわる話があるんです。ひとつお聞かせいたしましょうか。


 昔、ある町に裕福な家がありました。その家の一人娘は、美しい手が自慢でした。

 ところが、間の悪いことにその家の召し使いの青年が、彼女に恋してしまったんです。もとより身分違いだということは分かっていましたが、意を決して青年は娘に愛の告白をしたんです。しかし、彼女の答えはこうでした。

「あたくしの水晶の指に似合うような指輪ひとつ買えないくせに何言ってるの? 目障りだからあっちへ行ってちょうだい」

 青年はそのまま暇を取り、行方知れずになりました。一年も経つと娘は町長の息子と結婚し、青年のことなどすっかり忘れてしまいました。

 五年後。町に新しい宝石店ができ、彼女も早速店主を館に呼び出しました。

「奥様には、この指輪がお似合いでしょう」

宝石商は、ブラックオニキスの指輪を夫人の左薬指にはめながらこう言いました。

「今宵は、新月ですな。……闇の心には、闇夜がよく似合います」

「もしや、お前は……」

 夫人はようやく宝石商の正体を悟りましたが、時すでに遅く、指輪をはめられた手は、透明な水晶の塊に変化していたんです。


 ……おや、今夜も新月でしたな。それに、その手におはめになっていらっしゃるのは、ブラックオニキスの指輪ではありませんか……。


                                   おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔水晶 大田康湖 @ootayasuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説