第5話 自然感情と言語感情

 言葉が出なかった。

 何を言っている?短絡的な疑問の言葉が頭を埋め尽くす。


 「信じてもらえないとは思います。でも、私はもう嘘はつきません。隠し事もしません。きっとそれが皆さんのためになることだから」


 彼女は穏やかな笑顔を向けたが、その目元には受け入れられないのではという恐怖がにじんでいた。私はその恐怖や不安をわかっていながら、彼女を止めることができなかった。それ以上に彼女の秘密を知りたいと願ってしまったのだ。


 「あれは、私の親友である女性が亡くなって数日後のことでした」


 親友は本当に唐突にいなくなってしまった。ここを離れなくちゃいけなくなった。でも大丈夫!絶対また会うから。家庭の事情で引っ越すことになったあの子はそう約束してくれた。絶対会うって決めたのに。

 引っ越し先で不慮の事故にあって彼女はあっけなく死んでしまった。本当にあっという間だった。私たちのお別れに別の意味が加わってしまった。私はあの時引き留めていればと後悔しました。どんな理由を並び立てたって彼女を止めることなんて出来なかったかもしれない。それでも、私は止められなかった自分に、約束を守れなかった彼女に対して怒りを覚えたんです。

 事故の知らせを受けてから私は言葉を失いました。先生のお話でいえばそれは感情そのものを消すことだったのですね。私の心がとてつもないストレスに耐えられるよう適応していたのでしょうね。

 私は高台の公園から町を見下ろしていました。彼女との思い出の詰まった場所から彼女が生きていた痕跡を見つけ出すように。そんな時私の横から声がしたんです。


 『どうしたの?』


 私は無意識のうちに友達がいなくなったとその声に対してこぼしていました。声の主はしばらく黙っていましたが、『その友達はどんな人だった?』と聞いてきたんです。それにも私は答えました。彼女のことを忘れないようにするみたいに、それはもう詳細に言葉にしていきました。

 私が語り終えるとまた声がしたんです。


 『その子は今どこにいるの?』

 『もう、どこにもいませんよ。あの子はもう・・・私にはもう・・・届かないところに行っちゃったんです』

 『その子に会いたい?』


 驚きました。不思議なことをいう人だなと思いました。でもあの時の私にはそれがどれだけ怪しい話でもすがるほかなかったんです。私はそのまま「はい」と口にしていました。


 『分かった。じゃあ、私のことを見てくれる?そうしたらまた会えるかも』

  

 そうして振り向いた時、私の目の前に死んだはずのあの子がいたんです。

 

 死んだはずの親友と瓜二つの顔、自然感情と言語感情、硫花の持つ技術と違和感。私の頭の中でこれまで頭の中に漂い続けるだけだった断片が一つの結果へと繋がり始めたのを感じる。そしてそれはもう一つ裏に隠された秘密へと私を誘い込んだ。

 私は思わず立ち上がると、治療室の外へ飛び出していた。後ろから彼女の呼び声が聞こえたような気がしたが私の体が止まることはなかった。どこまでも変わらない白一色の廊下を抜けてやっと目的の部屋へとたどり着いた。扉を抜けた先では並べた机で作業を行う登勢芽とせめの姿があった。


 「あれ?根熊先生、珍しいですね。入見琵さんの治療はもう終わったんですか?」


 驚いているところ悪いが今は彼女に用はない。私は彼女の横を素通りしながら硫花の居場所を聞く。


 「え?硫花さんなら奥の個室に・・・」

 「ありがとう」

 「え!?ちょっ、今は


 彼女が止めようとした理由はその扉を抜けてから理解した。部屋の奥に設置された机を挟んで硫花と釧告くしつぐ研究とが渋い表情を浮かべていた。彼は私の姿を見てより顔をしかめた。


 「どうした。何かこの状況を打破するような情報でも拾ってきたか?それともなんだ、彼女をもとに戻したのか?それならこちらの手も省けるのだがな」


 自虐的な発言は研究を進めさせない硫花へ向けたものだろう。それを受けても彼女は微塵も表情に感情を表さない。それは抑えているのか、それとも。


 「私は彼女に用があって来ました」

 

 硫花の元へ近づいていく。その言葉にはじめて反応したように彼女の肩がビクンと跳ねた。それを見たのか分からないが釧告は溜息を一つついて私に道を譲った。

 目の前に立って、一度呼吸を整えて語り掛けた。


 「硫花。いくつか聞きたいことがある」

 「なんだ。今忙しいんだ。後にしてくれないか」


 硫花の声は震えているように感じた。


 「あなたは過去に入見琵さんと会ったことがある。そうでしょう?」

 「何を言っているんだ。彼女だって私を見てなんの反応もなかったじゃないか」

 「それはあなたが見た目を変更していたからだ。あなたはいつも研究所以外では見た目を変えて生活している。それは一年前もそうだった。だから入見琵さんは気付かなかったんだ」


 すぐ横で話を聞いている釧告が体勢を変えて聞き入り始めた。彼には出て行って二人だけで話したいが、それではむしろ彼女の疑いを深めることにしかならない。彼女の秘密は彼の前で明かすしかないのだ。私はそう覚悟を決めた。


 「あなたが入見琵さんにやけに気を遣っていると聞いた。それはちょうど一年前に彼女に起きたことと繋がりがあるんじゃないのか?」

 「何の根拠があってそんなこと言っているんだ。ただの妄想だったらぶっ・・・

 「一年前に亡くなった親友と再会した。彼女が教えてくれたよ」


 私の言葉に二人は目を見開いた。


 「これは私の想像だけれど、あなたは一年前に落ち込む入見琵さんのために親友の姿になって励まそうとしたんじゃないか?そして、その一年後に彼女の感情の感じ方に変化が生まれたことをこうして知ってしまった。だから、そのことを知られるのを恐れてわざと過去を掘り下げさせないようにしたんじゃないのか?」


 彼女はもう相槌すらも打てずにうなだれてしまう。せめて怒りを表してさえくれたら、私もまだ希望を持てたかもしれない。私の勘違いだと。

 その様子から釧告は確信を得つつあるようだ。しかし、まだ表情は冴えない。


 「そうだとしても、わざわざそこまでするほどの秘密か?こいつがそんなことのためにここまでするとは思えないぞ」

 「はい、私も同感です。だからこそわからなかったんです。一体何をそんなに隠そうとしていたのか」


 私は釧告に向けた目をまた硫花に向ける。その視線を受けて更に縮こまる彼女にとどめの一撃を加える。


 「硫花さん。あなたはしかして、言語感情よりも自然感情の方が強い、入見琵さんと同じ症状を有した人なのではないですか?」

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