第6話 邂逅

 根拠は薄かった。きっと理由を問われればいくらでも言い訳が可能だろう。

 しかし、そうでなければここまで彼女がひた隠しにする理由が考えられない。それほど彼女の抱える秘密は大きくなくてはおかしいと思う。

 私は彼女の反応を待ち続けた。たとえ怒りを買ったとしても私は彼女の本音が知りたかった。


 「その理由はなんだ・・・」

 「とても弱い理由ですが、一週間前にあなたが登勢芽さんを見て、オーラというあなたらしくない非科学的な表現を使ったことに違和感を覚えたんです。そして、先ほど入見琵さんから、同じようなことを聞きました。自然感情に偏った影響か言語感情がオーラのような形をもって見えるようです」

 「そうか・・・入見琵が、ね」


 硫花は、大きく息を吸い。そして笑い出した。


 「ハハハハハッ!まさかこうして面と向かって言われるとは思わなかったよ。お前の想像力というのも侮れないな、粗修そしゅう

 「じゃ、じゃあお前は!?」

 「あぁ、そうだな。世間一般的に普通といわれるような感覚とは別物だ。そういう意味では入見琵の状態に近いかもな」


 釧告の言葉を彼女は肯定した。こうして私の望みは裏切られた。

 しかし、彼女は更に私の想像を裏切ってきた。


 「でも、少しだけ違うなその答えは。私は言語感情を有していないに等しい。だが、自然感情の占める割合が高いとは限らない。そうだろ?」

 「な、なにを言いたいのですか?」

 「つまりだな・・・


 「私には言語感情も自然感情もない。生まれた時から何も感じない、無感情児だったんだよ!」





 生まれてから感情というものを感じたことはなかった。両親は私に喜びを、

悲しみを、怒りを、恐怖を与えてくれるはずだった。しかし、私はそのどれも理解することは出来なかった。理解できないから、両親が私を恐れて置いて行ってしまっても悲しいとは思わなかった。

 はじめて感情の存在を知ったのは小説でだった。本の中で描かれる人間たちには不思議な感覚が体内に芽生え、人はそれを、またはそれにあたる行動を言葉にして伝え合うことを知った。それが感情だ。そして私には感情がない。

 私がはじめてそのことに危機感を抱いたのは周りの目と行動の関係について理解した時だった。周囲との協調性がない人間は異常だ、排除しようという無意識の感覚が生まれる。それは行動に現れ、その対象に降りかかる。いわゆるいじめだ。

 私は施設内でいじめを受け始めたが、苦しくはなかった。痛みを伴うことはあってもそれに恐怖し、逃れたいとは思わなかった。そんな私を皆が恐れ距離を取った。そして私はまた捨てられた。

 生きるためには感情が必要だ。二度の失敗から私はそのことを学んだ。

 再び受け入れてもらえた新たな施設では同じ過ちを繰り返さないためにも、私は感情を学び始めた。小説を読む中で人間の心理とその表現の仕方を読み解いていった。しかし、学べば学ぶほどその感情の複雑さに壁を感じた。なぞったように喜怒哀楽を表現してもどこか不自然だった。状況にあった感情の選び方はできてもいつも影のようだと思われてしまう。私にはまだ個性がなかった。見せたい内面が、キャラが無かった。

 そんなある日、私はとある小説のキャラクターを知った。そのキャラは天才ゆえに高飛車で人のことを見下しているが、心の奥底に優しさを秘めたキャラだった。

私は思ったのだ、このようなキャラクターを演じれるだけの知識と特徴があれば私が捨てられる可能性はなくなるのではないか。

 それから私の学びの対象は感情から言語に変わった。





 彼女が無感情児だった?

 私の思考はその疑問で埋め尽くされた。そんな私たちの反応を楽しむように硫花はほくそ笑みながら立ち上がり部屋の出口へと足を向けた。

 

 「これですべての謎が解けただろ?私は自分が無感情児だったことを、あの子に起きた原因が自分にあることを隠すため研究を妨げてきた。もう私に、ここにいる資格はないんだ・・・」


 彼女が横を通り過ぎていくなかで私は悠長にも彼女との会話を思い返していた。あれら全ての言動が演技だったかもしれないなんて・・・。


 「それでも私は嬉しかったんだ。お前がはじめて私の内側を見てくれたことが。だから、もうこれで最後にするよ」


 彼女のことを目で追ったがいつの間にか彼女の姿は消えてしまっていた。それから研究所内を隈なく探しても彼女の姿どころか、声すら聞こえてくることはなかった。

 彼女は自らが知覚されることを強制的に拒絶した。私は声を張り上げ彼女を呼んだが、彼女が姿を見せることはなかった。

 私は彼女のことを理解したかったはずなのに、結局は彼女を遠ざける結果となってしまった。

 彼女がまた私の前に姿を現すのかはまだ分からない。

 もしまた姿を見ることができたならば、その時には。


 私の思いを綴ろう。

 「あなたのことを、尊敬していました」

 

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