※ ※ ※


 お姫様の出した最後の試練は山奥の洞窟に住むドラゴンの退治でした。

 三人の花婿候補たちはドラゴンの恐ろしい姿を見ると一目散に逃げ出してしまいます。それを見た謎の騎士は遊牧民の少年に言ました。


「もう十分だ。ボク達も逃げよう」


 けれど遊牧民の少年は逃げる素振りを見せません。少年は言いました。


「お姫様と結婚するんだろ。君は逃げるんだ」


 それから少年は剣を構えてドラゴンに立ち向かっていきます。けれどドラゴンの吐く炎に包まれ、なす術もありません。


 突然、ドラゴンの吐く炎が消えました。

 少年が顔を上げると、騎士がドラゴンの体に剣を突き立てています。ドラゴンはすぐに、その牙を騎士へと向けました。

 少年は走りだし、間一髪、騎士を突き飛ばすと、少年の頭のすぐ後ろで、ガチン! ドラゴンの牙が擦れ合う音が響きました。


「逃げろと言っただろ!」少年は言いました。

「ええ、逃げましょう。一緒に」


 突き飛ばされたはずみで、騎士の身に付けていた兜が遠くへ転がって行きます。その時、初めて少年は騎士の素顔を見ました。


「私は君に傷ついて欲しくない。さあ、一緒に行きましょう」


 鎧に身を包んだお姫様が言いました。


 二人はドラゴンの元から逃げてお城に戻りました。

 それから、いつまでも幸せに暮らしました。


※ ※ ※


「おしまい」


 私は静かに絵本を閉じた。

 秋の日差しを背に受けて軽く伸びをする。とても温かく朗らかで、外を見ると子供達がサッカーボールを追いかけていた。


 すぐ横に目を落とすと、ハジメ君が決して手放さなかったショルダーバッグが置いてある。日差しの中でそのバッグはキラキラ光っていた。


 私はもう一度振り返って外を見た。子供達の中で、一緒になってサッカーボールを追いかけているハジメ君が見える。


 ハジメ君はちゃんとした子供だった。まぶたを覆っていた不安はどこにもない。私にはそれが嬉しかったけれど、少し寂しくもあった。

 だから私はハジメ君の不思議な『ともだち』に、こうして絵本を読み聞かせていた。

                                    完

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ちゃんとした子供 D・Ghost works @D-ghost-works

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