六、愛を知らぬ罪人
人の気配で目を覚ます。視界は布か何かで覆われていた。それを外そうとすると、誰かが外してくれた。開かれた視界は変わらずの白い天井だった。
「目が覚めたか?」
兄さんは僕の顔を覗き込む。
「……」
首だけを動かし、周りを見ると六花さん、四葉さん、琴桐さんの姿もあった。
椅子に座っていた琴桐さんが立ち上がる。
「私、先生を呼んできます」
琴桐さんは誰の返事も待たずに病室を出ていく。
僕は体を起こす。
六花さんが手をあげ僕の頬を叩いた。
「お前はもう少し利口だと思っていた」
六花さんの怒鳴る声を初めて聞いた気がする。
自分がしたことがどれだけの人に迷惑をかけたかと思い知らされ、涙が溢れてくる。
「梓さんがいなければ今頃、三途の川を渡っていた所だぞ!」
「ごめんなさい」
四葉さんが追い打ちをかける。
「考える時間が欲しいと言った冬野を信じた私がバカだった。びっくりしたわよ。突然、雪が降るんだもの」
窓の向こうは昨日の嵐が嘘のような晴天だ。
コンコンと部屋がノックされ、梓さんと琴桐さんが入って来る。
「皆、悪いけど外してくれるかな」
梓さんの一言で皆が病室を出ていく。
聴診器を耳にかけ、心音を確かめると次は脈拍を測る。
「脈はまだ不整だけど、このまま安静にしていれば大丈夫。でもね……」
「……寿命が縮まりましたか?」
梓さんが真剣な眼差しでゆっくりと肯く。
「一か月だ。君が使った力のせいで二加減つ分の命が削られた。不完全な身体で強大な力を使えばどうなるか君なら予想出来たはずだ。玉姫伝説は力の大きさとそれに伴う代償を伝える為にある。生憎、僕には四葉ほどの力はないが、扱い方を間違えれば死ぬこともある」
梓さんが肩を手に置く。
「僕は医師として、御子柴家の人間として君を助けたい。四葉から聞いていると思うけど、今の僕にはどうすることもできないが様態を安定させることだけならば可能だ。六花君や鏡花君の力を借りるしかない。それでも……」
「僕は皆から思われていることを知りました。兄と比べられ一族として力もなく劣等扱いされ、ようやく作家として自分の生きる道を見つけられたんです。だから、生きたい……です」
梓さん強く僕の肩を叩く。
「そうか。僕も全力を尽くすよ」
梓さんが扉の向こう側に声をかける。
「どうせ、聞いていたんだろ。終わったから入っていいよ」
皆がぞろぞろと入って来る。
「冬野の決意はわかったわ。六花も鏡花も全力を尽くすから!」
四葉さんが兄さんと六花さんの肩を叩く。
兄さんは眉間に皺を寄せ、六花さんは一瞬砂時計に目をやり、すぐに視線を戻すと僕の頭を話者話者となでる。
「ちょっと六花さん!」
皆まで、神をぐしゃぐしゃにしてきた。
皆が帰った後、しばらく窓の外をぼーっと眺めていると鳥たちが木々に止まったり飛んで行ったりと穏やかな時間が過ぎて行く。
喉が渇いたので昨日の琴桐さんの差し入れの缶コーヒーを飲むと甘さと苦味が交互に広がった。
ふと花瓶が目に入ると桜が活けられていた。誰が生けてくれたのだろうか? 今まで気づかなかった。枝から花びらがひとつひらりと落ちる。
花瓶の横に置いてった桜色と金色の砂が入っている砂時計がなくなっていた。
あたりをくるりと何度も見回したが、落ちている様子はない。
鞄の中も探したがやはり見つからなかった。
六花さんが持って帰ったのだろうか。
胸がざわつく。
不意にコンコンと扉を叩く音がし急いでベッドに横たわる。
「どうぞ」
と返事をすると、
「失礼します」
と言って、入ってくるなり窓際に立つと無言のまま窓を見つめる。
今日の講義は終わったのだろうか、忙しい合間にお見舞いに来てもらっているのも申し訳ないので、お茶くらいは出そうとベッドから立ち上がろうとすると琴桐さんが振り向いた。
「神条君。私と付き合って頂けませんか?」
ドクンと鼓動が跳ねた。東屋で初めて会った時の感覚と似ている。突然の告白に固まって動けない。
琴桐さんの俯いたその先にぼろぼろと滴が落ちる。
「神条君は栄養を上手く栄養を摂取できない病気と聞きました。私、初めて会った時から一目ぼれでずっと気持ちを伝えたくて……でも……あの……」
僕は涙の止め方を知らない。琴桐さんの涙に狼狽える。考えても答えは一つだった。
僕はしどろもどろし、
「僕でよければ……」
と返事をした。
残された時間を誰かの為に使うのも悪くはない。小説を書くことも大切だけど僕は見えない大切なものをくれた人たちに恩返しをしなければならない。
愛をしらないように気づかぬように心に蓋をして生きてきた。これは贖いなのだ。
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