幕間
二月二十五日。
班目和泉はコンビニのATMでお金を引き出し封筒に入れると、足早にコンビニを出る。
今日は冷え込みが厳しく、手がかじかむ。
渋谷の駅からすこし離れた路地裏にひっそりと佇む店がある。オレンジ色の明かりが窓から零れている。看板には『漆』と書かれている。
入り口のドアを開くとチリンとベルが鳴る。
カウンターに座る初老の店主は新聞を読んでいた。
和泉をチラリとみると新聞に視線を戻す。
店内には漆の食器や工芸品が美術品のように並べられている。到底、学生のおこずかいで手に入れられる値段ではない。
和泉はガラスケースにディスプレイされている万年筆を覗き込む。
漆の万年筆は光沢があり艶やかで、色だけで美しさを演じている。
黒と赤色がスタンダードだが、紺色や緑色のものもあり種類が豊富で目移りしてしまう。
悩みに悩んで店主に声をかける。
「すみません」
店主がゆったりとした足取りで向かって来る。
「この桔梗色の万年筆を」
店主は腰に下げている複数の鍵の一つを取り出しガラスケースを開くと、白い手袋を両手にはめ丁寧に万年筆を取り上げる。
「お会計はこちらで」
カウンターへ案内され、椅子に座るように促される。
「贈り物ですか?」
「えぇ、友達の誕生日にと思いまして」
「野暮なことを聞くが、学生さんのお友達にしては高価過ぎではないかね?」
「普通の友達ならバイト代をはなくことなんてしません」
店主は包み紙を何種類か机に置く。
「どれに包みましょう?」
「じゃあ、この紺色に水色のリボンで」
店主は慣れた手つきで万年筆の入った桐の箱を包む。
「実は僕の親友がプロの作家になったんです。本当に大切な友人で……」
「そうでしたか。きっと喜んでもらえますよ」
店主は目元を緩め、笑みを浮かべた。
店を出ると雪がちらついていた。
雪がかぶらないおうにプレゼントを鞄にしまう。
コートのポケットから砂時計を出し、ガラスの中の砂が落ちては消えていくのを確認する。
空を見上げても月は見えず、小さな溜息を一つ吐いてみたけれど、何も変わらない無機質さはこの世の無情だと思える。それでも思わずにはいられない。
桔梗の花言葉は永遠の愛。
見えない月に願ってみた。
神条冬野が結ぶ縁が愛で溢れますように。
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