一、神条冬野=柊流

 孤独を忘れるくらいの幸せがある日常は存在するのだろうか? そんなことを思いながら、居候している玉姫たまひめ神社の屋敷の玄関の戸を引く。しかし、開かない。普段、鍵をかけなくてもいい屋敷なのだが、とりあえず、鍵穴に鍵を差してみる。カチッと音がしたので、もう一度引いてみる。それでも開かない。何かが引っかかっているのかもしれない。もう一度、力いっぱい戸を引くと勢いよく開いた。その反動で尻餅をついてしまった。衝撃で呆気にとられた隙に、玄関から白い物体が、顔面めがけて飛んできて覆いかぶさる。息が出来ず、顔から引き剥がすとその正体はうさぎだった。

 そのうさぎは同居人である御子柴四葉みこしばよつはさんの式神なのだ。飛んできたのは二匹のうちの一匹で赤いリボンと鈴をつけている小春。姿の見えないもう一匹は青いリボンと同じく鈴をつけており、小梅と呼んでいる。

 小春はぴょんぴょんと玄関を上がり、こちらに振り返る。赤く透き通った目がこちらに来いと言っている。ぴょんぴょんと屋敷の奥へと進む小春を追いかけた。


 小春の後をついて屋敷の廊下を進む。人気を感じない、冷たい廊下をどこまで進めばいいのか。どの部屋にも明かりが灯っている様子はない。

 小春が大広間の前で止まる。この部屋に入れということなのか? 恐る恐る襖を引いた。


 パンッ、パパンッ、パッパンッ、パンッ。暗闇から複数の破裂音がし、訳もわからないまま、部屋に明かりが灯る。

「冬野! 誕生日おもでとう」

 一斉に声が響く。

 驚きで動けずにいた僕は親友の班目和泉まだらめいずみに背中を押され、用意された席へと誘われる。

 テーブルには唐揚げやフライドポテト、サンドイッチがたくさん並べられ、中央には十七本の蝋燭が立てられた巨大な苺のケーキが置かれている。

「蝋燭に火を点けよう」

 屋敷の主である姫依立花ひめよりりっかさんがケーキの蝋燭に触れると火が灯る。

 蝋燭に向かって強く息を吹きかける。一回では消えず、三回で火がすべて消えた。

 皆が拍手をする。

「ありがとう」

 皆が着席しグラスを持ち、こちらを向いている。

「乾杯!」

 グラスを鳴らし、パーティーが始まった。


 僕の兄さんである神条鏡花かみじょうきょうかはサンドイッチを口にすると――咽た。

 僕もサンドイッチを口に含むと何とも言えない苦味が広がる。

 兄さんが四葉さんに詰め寄る。

「これはお前が作ったのか!」

 四葉さんは何食わぬ顔でサンドイッチを頬張る。

「鏡花ったら味覚がおかしいんじゃないの? 普通のサンドイッチじゃない」

 兄さんは苦味に耐えきれず、水と間違えて日本酒のコップを一気に飲み干してしまった。すぐに顔が赤くなり酔いが回る。


 お腹が満たされた頃、六花さんと兄、四葉さんはべろべろに酔っ払っていた。特に兄さんはお酒に弱いのですでに潰れそうなところまで来ていた。兄さんが四葉さんに絡んでいる。

「お前の料理は毒なのか? あんな苦くてまずいサンドイッチなんぞ二度と口にするものか!」

「失礼ね。きちんとブレンドした漢方を混ぜて作った特製マヨネーズなんだから。鏡花だってまともに料理したことないじゃない!」

 二人を見ていた六花さんの妹、姫依真白ひめよりましろさんの横顔が微笑んでいる。

「鏡花さんも四葉さんもとても楽しそうですね」

 真白さんが何かを思い出したように両手をパチンと叩く。

「そうだ。冬野さんにプレゼントを用意したンです。受け取って頂けますか?」

「僕に……ですか?」

「たいしたものではないのですが……」

 真白さんはバッグの中から包みを取り出す。

「お誕生日おめでとうございます。冬野さんが作家デビューされ、柊流ひいらぎながれとしてご活躍されることを願って曲を作ってみました。ピアノソロですが、リラックスして頂けたらと思います」

「ありがとう」

 プレゼントを受け取ると皆もそれに続いた。

 和泉から水色のリボンで結ばれた紺入りの包みを受け取った。

「開けていい?」

「おう」

 和泉は照れくさそうに鼻の頭を掻く。

 包みを破ると木箱が出てきた。蓋を開けると桔梗色の漆の万年筆だった。

 先ほどまで酔っていた三人もいつの間にか普通に戻っていた。酔い冷ましの言霊でもかけたのだろう。

 四葉さんからは特製栄養ドリンク三本セットを受け取った。

「これは俺たちからだ」

 兄さんが手渡してきたのは紺桔梗というこい紫色と金色の組紐にガラス玉がはめ込まれたブレスレットだった。

「これはお前を守るものだ。今日から肌身離さず身に着けていなさい」

 穏やかな中に厳しさを含んだ声だった。

「左手を出してごらん」

 言われるがまま左手を出すと六花さんが手首にブレスレットを結んでくれた。

「解けないように言霊をかけた。失くすこともないだろう」

「皆、本当にありがとう」

 小春と小梅が足元にぺったりとくっついてくる。

 素敵な贈り物を抱え、皆の想いが胸を熱くした。


 

 

 

 

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