エピローグ
秋も深まる十一月。空が白んでいる早朝の境内は空気が澄み切っていて銀杏と紅葉の調和が美しい。
観賞用に設置されているベンチに座り、持っていた手紙の封を切る。差出人はなく、宛先の住所もなく、神条冬野様としか書いていない。
三つ折りの手紙を開く。
拝啓
神条冬野様。
秋も深まる頃、肌寒くなってきましたが体調はいかがですか?
この手紙が届く頃、私はこの世界のどこにもいないと思います。たくさん話したいことがあったのですが、恥ずかしくて話したいことの半分も伝わらなかったので手紙を綴ります。
いつも手が冷えていた冬野君の為に兄に教わったレモンティーのレシピを書いておきますので作ってみてください。兄は冬野君がレモンティーをおいしそうに飲むのを喜んでいました。大学の裏庭で初めて言葉を交わした日、レモンティーを飲んで驚いた顔、見逃しませんでしたよ。
それから夏休みに喫茶店でケーキを食べましたね。冬野君が甘いものに目がないなんて意外でした。私もいつか作ってあげられたらよかったのに……。可笑しいですね。室内なのに雨でも降ってきたのでしょうか、インクが滲んでしまって……。
すみません。気を取り直して。
私は冬野君の隣にいられたこと以上に、私はあなたの小説が好きです。だから、いつまでも書き続けて欲しいです。これは私と兄さんからの我儘のお願いです。あなたは孤独ではなく愛に臆病なだけ。あなたを私たちが愛していたことを忘れない様にささやかな贈り物をします。受け取ってくれたらうれしいです。
雨粒で紙が濡れてしまって続きを書くのがこれ以上は無理そうです。もっと伝えたいことがたくさんあったのに……。ごめんなさい……。そして、冬野君と出会わせてくれたご縁に感謝します。
くれぐれも無理をせず身体をご自愛ください。
敬具
琴桐 桜
手紙の最後には、色鉛筆で綺麗に書かれたイラスト付きのレモンティーのレシピだった。封筒のそこに何かが入っていたので逆さまにして手のひらに落とすと柊が細工されているシルバーのロケットペンダントだった。
ペンダントを開くと満開の桜の木を背景に僕の小説を持った二人が笑顔で写っていた。
ペンダントを握りしめ、恥ずかしさも忘れ、子のように泣いた。泣かないと決めたはずなのに……。押しとどめいていた悲しみが溢れ、泣いて泣いて…泣いて、泣き続けた。
どれくらいそうしていたのか、白んだ空も太陽が完全に姿を見せていた。
そこに一陣の風が吹き、涙を拭う様に頬をかすめた。
風が吹いた方向から声がして、振り返ると立花さん、兄さん、小梅と小春を抱きかかえた四葉さん、真白さんに梓さんがいた。
六花さんが軽く手を挙げると、小梅と小春が四葉さんの腕の中から飛び降りて顔面めがけて飛んでくる。
いつかの記憶が蘇る。
その光景に皆が笑った。唯一、眉間に皺を寄せたままの兄さんが小梅と小春の首根っこを掴み抱きかかえる。
六花さんが肩を組んでくる。
「今日は昼から宴会をしよう!」
兄さんと真城さんが同時にため息を吐いた。
真白さんの目が赤く腫れていたことに気付き、目と目があったが逸らされた。
「兄さん、今日はお守りに言霊を込める日です。飲酒は仕事が終わるまでお預けです」
「六花! お酒風味に改良した栄養ドリンクがあるの。試してくれるかしら?」
「絶対に無理!」
組んでいた腕を話、俊足で逃げていく六花さんに四葉さんも劣らぬ速さで追いかける。
風に背中を押され、二人の笑い声が聞こえた気がした。
ペンダントを首から下げ、洋服の内側へ隠すと、雲一つない秋晴れの空に心の中でつぶやく。
いつか花束の代わりに美しい言葉を見つけるよ。
だから……どうか、それまで見守っていてください。
僕が愛を知り、愛を与えられる人になれるようにと……。
この命果てるまで言葉を紡ぎ続けよう。それは、荒野を流転し続けるようなとても険しい旅だけど。
僕は知っているから。
決して独りではないと。
今は命を繋いでくれたことを嘆くのではなく感謝を込めて
”ありがとう”
一陣の強い風が落ち葉を舞い上げた。
黄色と紅色の葉に紛れていた一枚の花びらを見つけ手を伸ばす。
桜色の花びらにふっと笑みが零れた。
〈完〉
柊 宝玉林檎 @0516kana
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