第3話
「ザカリなんか嫌い」
「──ごめん」
「ザカリのために糸を紡いでる」
「──嫌だったんでしょ」
「──嫌だなんていっかいも言ってない!」
へんだなあ、いやだって、言ってたよなあ……。結構、おおっぴらに言ってたよなあ……。なんども面と向かって言われたよな、僕──って、ザカリがぼそぼそ言っている声が聞こえたけれど、あたしはもう悲しかったから、わんわん泣くことにした。泣けば泣くほどザカリが困った顔になったから「いい気味だ」って思った。ザカリなんてこのまんま、ずっと、困り切って突っ立ってればいいんだ。
「──ザカリのために糸を紡いでる」
「ごめん」
「ちがう」
「え」
「そこは『ごめん』って言うところじゃない」
「えーっと」
「『ありがとう』とか。『楽しみだよ』とか。そういう! そういうふうなことを! 言うところ」
「えーっと。『ありがとう』……?」
「うん。どういたしまして」
あたしがザカリを見上げて笑うと、ザカリはびっくりしたみたいに少し息を飲んだ。それから、おそるおそるあたしの肩に手を回した。
ぎゅって、していいのに。
ばかザカリ。
チロチロと、光が入ってくる遺跡の、椅子の上で、あたしは、ザカリの隣に座って黄ばんだ布を見ている。布の中では男がタンスを作っている。
「タンスを作ってるんだよね」
と、あたしが言うと、「ちがうよ」とザカリは笑った。
「これは、多分神を表してるんだろうって」
「神?」
「昔の人が信じていた異教の神だよ──これは神が世界を作っている様子を表しているんだ」
「ふうん」
ザカリの肩に頭を乗せてじっくり覗き込んでみたけれど、あたしにはどうしてもその絵は男がタンスを作ってるようにしか見えなかった。
「ほら、あの、一見タンスを作ってるみたいに見えるけどさ」
絵をしみじみみているあたしにザカリは説明してくれる。
「こういう絵が描いてある布──っていうか、本当は『紙』っていうんだけど──たくさん見つかっているんだけどさ。紙って、ヘクサムの学院にはあるけど、あのあたりまで行かないと作れないし、タンスの作り方なんて、そんなにたくさん紙を使うほどのことじゃないじゃない?」
「うん」
「それに、こんなやりかたではタンスは作れないでしょ」
「うん」
「だから、ここでは何か宗教的なことが行われていて、これは教義を教えるために作られたんじゃないかって……」
「同じのがいっぱいあるけど」
「そう。たくさん同じ絵を作って教えたんじゃないかって考えられてる」
ザカリは、本当にこういうことを考えるのが好きなんだなあ。あたしは、「どうやってこんなにみんな同じ絵にしたんだろう」って考え込むようなザカリの横顔にちょっと見惚れる。
「……でもやっぱりタンス作ってるみたいに見えるよ」
「そうなんだよねえ……僕にもそう見えるんだよなあ」
ザカリはちょっと困ったように鼻の頭をかいた。
──なあんだ。ばかだな。ザカリは。本当のことなんてザカリも知らないんでしょ。
「学院ってどんなところ」
あたしは座り直して聞く。本当はあたしも行ってみたい。学院。
「歩いて三日かかるよ。北の方だから寒いし。でも『北の天使』のすぐそばだから、見せてあげたいなあ」
「ゲイツヘッドの『北の天使』……」
あたしは話に聞いたことがあるだけの大きな彫像を想像する。全然美しくない大きな像だと聞いた。ザカリは頷いて、「大きいよ」とだけぽつっと言った。
「前時代」のものはどれも大きい。この遺跡もだけれど。
「あのさ、ザカリ。あたしね、この神殿が市場だったんだったら面白いなって思うんだよ」
「市場? こんな明かりもないところで?」
ザカリは笑う。
暗いし、品物も見えないよ、って。
「市場って言うんだったら前神殿の方がまだわかるんじゃない?」
「あそこにはね、荷車と馬車が並んでたんだよ、きっと」
北の小さな村の外れの馬鹿でかい遺跡で、あたしはザカリの肩に自分の頭をこてんとのせる。遺跡にのこった青と黄色の塗料を見て、きっと、昔はここはとても明るい場所だったんだろうなって考える。
もしもあたしたちがずーっとずーっと昔に生まれたんだったら、きっとザカリとあたしは二人でここに来たんだろう。
そしてきっと、二人で暮らすために必要なものを神様にお願いしてもらったんだ。
冬も寒くなくて、夏も暑すぎなくて、どんなものでも手に入った、ずーっと、ずーっと昔の世界に、あたしたちが、暮らしていたら。
「でも、もしも本当に神殿がそんな場所だったとしても、きっと僕は鹿の角をとりにいったよ。タムジンのために」
ぼんやり、そんなことを考えていたら、ザカリがくすっと笑って言った。
「だって、僕はタムジンのために何かしてあげたいよ」
そう言うザカリの目はまっすぐで、あたしはちょっとまごまごして、俯いてしまう。
「……うん。あたしも、きっとあんたのためにネトルを梳いたよ」
あたしが、ものすごく、小さい声で言うと、ザカリはなんだか、目のやり場に困ったみたいな顔をして、ぽろっと言った。
「タムジンは──僕がおもってたよりも、ずっと手のかかる女の子だったって、わかったよ……」
「……ばかだなあ、ザカリ。手のかからない女の子なんかいるわけないじゃんか!」
ザカリがあんまり馬鹿なことを言うから、思わず笑い出してしまうと、ザカリもつられたように笑い出した。
「……そうか」
「そうだよ」
「……そうなんだな」
「……そうなんだよ」
「僕、色々気づいてなかったんだなあ」
「タムジンでいいって言ったし……」
「……そうか。……ごめん」
「……うん」
顔が熱い。なんでだろう、胸もドキドキする。何も理由はないのに、泣きたいような気がする。でも、また泣くなんてごめんだ。
あたしは立ち上がってザカリの手をとった。
「帰ろう、ザカリ」
「あ、ちょっと待って……」
ザカリは足元に置いてあった袋からごそごそと小さなものを出した。
「あのね、これ、さっき奥の方で拾った」
それは小さなガラス製の壺のようなものだった。
「油をいれてランプみたいにしたらいいかなって」
「神殿製の……もの?」
「うん。神殿のお印もついているよ」
ザカリは壺をひっくり返して見せてくれる。
「タムジンが好きかなって思ってとっておいた。昔の人たちみたいに、一緒に暮らすことになったらこれを家で使おうよ」
ばかザカリ!
ばかザカリばかザカリばかザカリ!!
神殿製のランプなんかすごすぎるじゃないの!
帰り道、あたしのカゴをザカリは運んでくれた。
「家も建てるから。鹿もとるよ。頑張る」
「うん」
あたしはネトルを梳く。触るだけで手が真っ赤に腫れ上がるネトルを摘んで、水で腐らせて、気が遠くなるくらい長い時間、糸を紡いで織って。そしたら神殿のランプがある家でザカリと暮らす。それは多分、ザカリが学院に行って帰ってきたあと。この森の地面を今埋め尽くしているブルーベルが3回ぐらい咲いた後のことに、なりそうだった。
青い神殿とザカリとタムジン 赤坂 パトリシア @patricia_giddens
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