第2話

 遺跡は「青の神殿」と呼ばれることもあって、森を抜けた先にある。森の中でいろんなものを摘みながら歩いて行くとじきに見えてきた。壁が青い奥神殿は大きな一枚石の建物の奥だ。まるで継ぎ目の見えない一枚石で建てられた灰色の前神殿は壁がなく、床と天井だけで4階建だ。風がすうすうするし、中に立つとひんやりとする。

 不思議な建物。

 少し不気味だ。


 昔はこの辺りに神殿がたくさんあったのだという。あたしのじいさんのじいさんが子供だった頃の話だって。

 一体なんでこんな建物を作ったのか、誰も知らない。

 神殿、と呼ばれているけれど、これが本当に神殿だったのかも誰も知らない。とにかく村にはないような大きな建物だ。


 伝説はある。


 昔、この神殿は多くのものを村の人たちに与えてくれたのだと。

 本当に困ったら神殿に行けば何か与えられたのだと。結婚した時と、子供が生まれた時、それから本当に困った時一生に一度だけ、村の人は神殿に行って何か一つもらってきたのだと。それは椅子だったり、机だったり、美しい色の硝子の皿だったりした。今でもいくつか村に神殿のものが残っているけれど、ほとんど壊れてしまっている。

 遺跡の中にもいくつかものはあるけど、ホコリだらけだ。昔の人はなんでこんなところから物をもらってありがたがってたんだろ、って思う。



 つまり、遺跡は今では単なるガラクタだらけの建物だ。


 ザカリはこの遺跡が好きで、隙をみてはここに来る。そして2階の小さな「部屋」でぼんやりしている。

 神殿の中には窓がない。いくつか壊れた壁の隙間から光が入ってくるだけだし、その上ツタが建物の中までツルを伸ばしてくるものだから、ほの暗い。

 そのほの暗い建物の中、差し込んでいる光がキラキラしているところに、ザカリは座っていた。

 とても古びたボロボロの椅子のようなものの上に。

 ザカリは透明の膜に包まれた薄黄色い布みたいなものをつくづく眺めている。時々見つかるこの布はとても脆い。脆いけれどどれもとても人間の手で描いたとは思えないような奇妙な絵がのっていて、この絵を見る時、あたしにはなんでザカリがこの建物にこんなに興味を持ってしまうのか、ほんの少しだけ、わかる。


 絵は大抵同じ顔の横向きの男の全身を線だけで描いたものだ。男には髪が生えておらず、時々なんだか困ったような顔をしている。嬉しそうに笑っている絵もある。手に何か、持っていて口を開いている写真もある。


「あれ? タムジン──どうしたの」


 ザカリが顔をあげた。


「どうしたの、じゃないよ。おばさんがずっと探してる。呼びに来いって言われた」


 ぶすっと答えると、「ああ」とザカリは喉の奥で笑った。


「母さんが、ね」


 なあんだ、と、言われたような気がして、あたしは少しムッとする。


「ザカリが勝手にどこかにいくたんびに、あたしが呼び出されるの。やってる途中の仕事もやめさせられるの。わかってる?」


「そうだよね……だけど、タムジンが今やってることなんて、たいして大切なことじゃないでしょ」



「……な……!」


 ザカリがあっけらかんとそう言うから、あたしは、何も言えずにザカリを睨みつけて地団駄を踏んだ。


「……なに、タムジン」


「ザカリのバカ!」


「バカでもなんでもいいよ。」


「……なん……で、そんなこと、言うの!」


 あたしは、あんたと結婚するために、あんたのシャツを縫うために、イラクサを梳いているのに、なんで、ザカリがそんなこと言うの!


「だって、タムジンは別にシャツなんか作りたくないんでしょ。自分でそう言ってたじゃん」


 ザカリは淡々と自分の足元を見て言う。それから突然びっくりしたみたいに目を見開いた。


「タムジン──泣いてるの?」


「そんなの──」


あたしは大きな声をだしてしまった。


「泣くにきまってるでしょ!!」


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