青い神殿とザカリとタムジン

赤坂 パトリシア

第1話

 ザカリを連れて帰ってこいって、命令されて、村を出たけど、なんであたしが行かなくちゃいけないのって思うし、背負いかごも渡されたから腹が立つことこの上ない。

 ザカリと結婚したいなんて思ったことは一度もないのに、ザカリはあたしの婚約者で、あいつがほっつき歩くたびにあたしが呼びに出される。

 ザカリのお父さんは村長さんだし、インテリで、ザカリはほっつき歩いても怒られない。何ヶ月かに一回学院に行って勉強もしてくる。きっといつか中央学院に呼ばれて、難しい言葉の書き方や読み方をもっと覚えて、お勉強して村に帰ってくるんだ。

 それってすごいことなのかもしれないけど、あたしだって、こんなにこまこま用事を言いつけられなかったら、同じようなことができるかもしれないし、なんか、全然納得いかない。


「タムジン、ザカリがどこにいるのかわかってるんでしょ」


 村を出るあたしに、ザンシやエズミがニヤニヤ声をかける。そりゃあわかってるけど、別に知ってるのはあたしだけじゃない。誰だって知ってる。ザカリは「神殿遺跡」にいるんだ。歩いて1時間ぐらいのところ。


「仲がいいねえ」

 ザンシが意味ありげにエズミをつついているから、右足を大きく動かして砂埃をかけてやった。バッカみたい。あたしはザカリになんて興味はないんだってば。




 遺跡までの道はさほど危なくはない。もっぱら人がそこそこ通る森を抜けて橋を渡って、ただ歩けばいいだけだ。でも、こっちの森はあまり摘めるものがない。

 この季節だったらワイルドガーリック、カウパセリ、花が咲いているから見分けやすくなってきたホースパセリにマロウ。ソレルは一年中あるけど、今の季節はまだ葉っぱが柔らかくって、それだって美味しい。

 どれも美味しいけど、この季節の森のものは食べていてもあんまりお腹は膨れない。ブランブルの葉は、乾かしておくと冬どきいいお茶になるから、まだ葉が硬くならない今のうちにとっておくけれど、どうせだったら今日は家でゆっくりネトルを梳いていたかったんだ。

ザンシやエズミとはザカリとの結婚が決まってから、よそよそしくなってるけど、今日は隣の家のフィービがネトルを梳く日で、一緒に座ってお話ししてたら多分とても楽しいはずだったのに。


 本当、ザカリのばか。


 あたしはザカリと違って忙しいんだ。食事も作らなくっちゃいけないし、洗濯もあるし、ネトルも梳かなくちゃいけない。ネトルを梳いて、糸を紡いで布を織ってザカリのシャツを縫わなくちゃいけない。それで初めて結婚だ。

 したくもない結婚のためになんでこんなことをしなくちゃいけないのよ、と口を尖らせたら、ザカリは困ったような顔をして、「そんなこと言ったって、僕だって、鹿をとってきてタムジンの櫛を作らなきゃいけないんだから、同じだよ」と言う。「僕だって、動物殺すの、苦手だし……」


「じゃあ、あんたが、結婚なんかいやだって言えばいいじゃないのよ」


 あたしが、そう言うとザカリはなんだか下を向いてごにょごにょ言った。


「あんたが、あたしなんかゴメンだって言えば、全部消えるわよ! 乗り気なのはあんたんちのおじさんだけなんだから」


 ザカリのお母さんは、あたしなんか真っ平御免だと思っていると思うし、あたしだって、ザカリのお母さんは特に好きな相手ってわけじゃない。

 でも、そう言ったらザカリは珍しく大声を出した。

「いいじゃんか! 僕はタムジンでいいんだから、いいじゃんか!」


 ──なんなの。タムジンいいって、なんなの。


 最近、急に背が伸びてきたザカリは、気づいたら声もずっと低くなっていて、あたしは、めちゃくちゃ腹が立っていたけど、口をつぐんだ。


「もうやめようよ、この話。僕はタムジンでいいって納得してるんだから」


 その時、ザカリはそう言って、口を尖らせて横を向いて、そのままどこかにふらっと行ってしまった。いいよね、こうやってふらっとどっかに行けばいい人は。あたしはまだこれから食事を作って大っ嫌いなネトルの糸仕事をしなくちゃいけない。ただ一時いっときだって休めない。

 食事のあと、温かいお湯を飲んでいる時だって、あたしの手は紡ぎ独楽で糸を紡いでるんだ。それだって、全部ザカリのせいなのに。


 全部ザカリのためなのに。


 そう思ったら、どうしようもなく自分が可哀想に思えてきて、あたしは、思いっきりザカリの行った方をにらみつけた。


 ザカリのバカ。


 あんたなんか、だいきらい。






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