嵌められた英雄 〜 あの人は今

ねこまんま

第1話 最期の日常

その日、俺は身体を奪われた。




アルカナ暦八三◯年四月の某日、俺(ルクス・アズライト[偽名])は自身が直接管轄するアルカナ国天聖騎士団の鍛錬を行っていた。

騎士団は全部で六つある。

木、火、土、金、水、天を冠する五つの騎士団があり、俺は天聖騎士団の団長と全ての騎士団の統括をしている。

階位は中将だ。


仮名なのは、名家である実家のコネを使わずに実力でのし上がりたかったから。



週に二回ある鍛錬のとある一日から全てが始まる。


「皆、おはよう!今日も良い天気だな」


「「「おはようございます!」」」


「うん。いい返事だ」


挨拶は大事だ。

どんなに実力が無くても、どんなに偉くても、他の団がどうであろうと、天聖騎士団にはこれだけは欠かさないように徹底している。



「今日はいつもの様に筋力トレーニング、素振り三◯◯回、型の確認、その後は各自で組手を行う。連絡事項は無い。以上!」


団長だからと言って、指示だけで終わらずに筋力トレーニング、素振りを他の団員と共にこなす。


「みんな、終わったか?」


「新入りのオイゲンがまだです!」


「わかった!各自、休憩!」


それぞれ自分のペースがあるからな。

悪い事とは思わない。

せっかくだし、様子を見てみるか。


「す、すみません……身体がついて行かなくて……」


新人のオイゲンはぜぇぜぇと肩で息をしていた。


「気にするな。最初は仕方ない。あと何回ある?」


「あと五◯回です」


「わかった、焦らなくて良い、やってみろ」


へにゃ〜

そんな効果音が鳴ってきそうなどうしようもない素振りだった。


新人が振るう剣は力強さが無く、へにゃっとしており、へっぴり腰で、困ったものだった。


あー、新兵用の特別講座をまだやっていなかったんだな。

後で副団長のハドリアヌスに催促しておこう。


何でこういう子がいるかと言うと、団長である俺の意向で、兵役採用者からの配属にあたって、武術の心得や強さが中途半端な奴のより、ダメでもやる気があるのが欲しいとお願いしているからだ。

厄介払いを引き受けているため、他の団からも感謝されている。

人を育てるのは好きだし、成長しているのが分かると嬉しい。


とはいえ、あまりにも酷いので、一旦止めさせる。


「まず、剣の持ち方はこうしてみろ。構えはこうだ。振る時は腕だけでなく、身体全体を使って振う。特にへその下を意識しろ。こんな感じに」


「「おぉー」」


新人のオイゲン君だけでなく、近くの団員からも歓声が上がる。


「オイゲン、一緒にやるぞ」


「は、はい!」


指示をしていないのに近くの団員も一緒にやり始めた。

いい奴らだな、こいつら。


オイゲンが素振りを無事に終えた後に、ハドリアヌスとオイゲンを昼食に誘っておく。


奢るから安心しろと念のため。


休憩を挟み、鍛錬が終わると声を掛けられた。


「ルクス様、国王がお呼びです。執務室に来るようにとのことです」


「ん、そうか。着替えたらすぐに行く」


何だろうな。

心当たりがないんだけどな。


執務室に到着し、衛兵に声を掛ける。


「天聖騎士団のルクスです。国王から及びがあったのですが」


「ルクス様、自己紹介されなくても貴方を知らない者ははおりませんよ。どうぞお入り下さい」


「あ、はい。こういうことは大事だと思っておりまして」


前に高官が自分の事を皆知っていると思い、『私だ』なんて偉そうにしてたら、知られてなくて恥をかいたという話を聞いてしまった。

それ以来、自分も気を付けようと心掛けている。


「失礼します。ルクスです」


執務室に入ると王だけでなく、魔術師団の統括団長メルキオスがいた。


「よく来たな、まぁ座れ」


用件は聞いてビックリの内容だった。

メルキオスが一身上の都合を理由に退役するということで、魔術師団の統括も任せたいという話だ。

兼任に伴い中将から大将に昇格するという話もあった。

断りたかったが、メルキオスの奴が割と前から熱心に俺を指名して、事前に決まっていたようだ。


王の話が終わり、後は二人で引き継ぎを行えと。

とりあえず、昼過ぎに奴の執務室で行うことになった。


「では、昼過ぎに。存分に昼食を堪能したまえ」


何言ってんだろう、コイツ。

意味わからんな。


コイツとか奴というのには理由がある。

俺はアイツが嫌いだ。


挨拶は碌にしないし、権威欲が強く、横柄で性格も悪い。

実力は知らないが、親のコネであったり、ゴマすりが上手くて今の地位に上がったと噂されている。

仕舞いには女好きときた。

何人も泣かしてきたらしい。

俺も女は好きだが、綺麗な身である(色々な意味で)。

恥ずかしくてまともに話せないから、格好付けて紳士ぶっている。


はぁ、憂鬱だな。

あいつと二人きりなんて嫌だなぁ。


昼食事は副団長のハドリアヌスと新人のオイゲンを誘っている。

オイゲンには何人か誘っていいと言っている。

今日に限って、支払いはメルキオスが持つということが分かった。


勿体ぶらないで、さっき言っておけよ。

だから嫌われるんだよ。


もっと早く知っていたら沢山誘っていたんだがな。


「団長、お待たせしました」


「お、おう……」


少人数かと思ったら新兵が殆ど来ていた。

いい意味で驚いた。

ハドリアヌスは遠慮して、誰も誘っていないが。

こういうささやかな感動は大事だと思う。


堅苦しい雰囲気は好きではないので気軽にして欲しいと言ってあるが、新兵達はやはり緊張していた。

最初は若干固かったが後半は打ち解けてくれていた。


ハドリアヌスが

『堅苦しいのを団長は好まないが、礼節は忘れるな、失礼のないように』

と伝えていて前半は緊張していたようだ。


「打ち解けて欲しいというのが本音だが、失礼がないようにというのは大事だ。誰がどのラインで怒るかは難しい。怒られないに越したことはないが、そういうところを見極めららるようになって欲しい。これは戦でも通じる」


真面目なだけでは出世は出来ないとか、名前は言えないが失敗した人の話とかをして、場を盛り上げた。


和気藹々とした雰囲気で昼食を終え、メルキオスの執務室に向かった。


「メルキオス殿、ルクスです。失礼します」


メルキオスの執務室に入ると、物が殆ど無かった。

どうやら片付けが終わっていたらしい。


「メルキオス殿、昼食の件、感謝します」


昼前に、相変わらず意味わからない事言ってるなと思ったのが申し訳ない。

メルキオス殿持ちだから、皆には遠慮せずに好きなだけ食えと伝えており、高いのを食べさせた。


「いや、なに。貴殿には迷惑を掛ける事になるのでな。ささやかな気持ちと思って欲しい」


後で金額を見たら驚くだろうな。

心の中でざまぁと呟いた。


「ありがとうございます。メルキオス殿、引き継ぎをお願いします」


何故、俺が敬語なのかと言うと、奴が先輩で年上だからだ。

敬いたくないが、仕方ない。


「そうだな。その前に雑談でもしないか?」


「はぁ、わかりました」


ったく、めんどくせぇな。

早く終わらせたいのに。


俺が武術だけでなく、魔術方面でも優秀な事を褒められた。

内在する魔力量が羨ましいだとか、上からも下からも人望が素晴らしいだとか、容姿や性格云々。


「そう言って頂けると光栄です。他者からの評価というのは言って頂かないとわかりませんからね。さて、そろそろ引き継ぎをお願いします」


「その必要はない」


「えっ…?どういう…」


言葉を発し終える前に、床が輝いた。


ある意味で俺の人生が終わった。

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