第10話 お家の事情

 ティファレント家。

 それは天使の血を引く家系である。


 同様にして、大陸に天使の血を引く家系は全部で十あり、総称して『セフィロト』と呼ばれており、生命の樹と呼ばれるものの各シンボルともなっている。

 ケテル(王冠)、コクマー(知恵)、ビナー(理解)、セケド(慈悲)、ゲブラー(峻厳)、ティファレント(美)、ネツァク(勝利)、ホド(栄光)、マルクト(王国)、イエソド(基盤)。

 セフィロトの一◯家に加えて『ダート』という隠れたセフィラー(セフィロトの単一表記)も存在する。


 

 古代、一人の男が悪魔と契約して力を手に入れる。

 そして彼はクリフォト帝国を築き上げ、近隣諸国に攻め入る。

 より強い力を得るために、より強い力を配下に与えるために、対価として悪魔からは生贄を要求される。

 自国には寛容だが、侵略した先の国々では圧政を行い、改宗を強いた。従わない者は異端として断罪され、親族は生贄とされた。

 特に子供は生贄として対価が大きく、重宝されていた。

 生贄に得られる代償は二つあり、人間に力が与えられることと、悪魔が現界することである。


 天界は地上には関与しない。

 何があっても、人の営みを見守る。

 そう、何があっても人の世で争があってま人々が苦しんでいても手は出さない。

 ただ、見守るだけである。

 しかし『人の営み』が人以外の干渉にによって、大きく害されてしまった。

 これを重く見た天界の神が地上に天使を遣わし、天使は一◯人の人間に自らの血と力を与えて、クリフォト帝国を打ち破ったと云われている。


 その後、彼らは王になることを求められたがこれを固辞した。


 人の世は人自身で作らねばならない。

 君臨しても統治せず。

 

 天使との契約によって、彼らは王となることは禁じられた。

 しかし、子孫には天使達から直接力を与えられた彼ら程の力は得られないので、王になりたい者が出てくれば、なれば良いということであった。

 人々に求められ、他のセフィロトに認められるのであれば。


 クリフォト帝国が瓦解し、大陸には新たな国が多く生まれた。

 

 セフィロトは方々で活躍し、人々の再興や建国にも大きく貢献する。


 彼らは散り散りとなっても、ひと段落すれば自然と全員集まるような性質があり、各所から声が掛かることが多かった。


 色々な意味での功労者である彼らには、王としても民としても爵位を与えたい。


 だが、またしても彼らはこれを断る。

 政治には関与出来ない。

 権力と地位は持てない。


 ならばせめて、同等の待遇はさせて欲しいと。

 これも断りたかったが、根っから善人である彼らには人々の善意を無碍には出来なかった。

 「家庭の主になることは家庭の中で王になること、王になってはいけないということに反するのではないか」


 そう云われると何も返せない。詭弁だがある意味でそれは正しい。


「だが、上に立つ者がいないと下の者を守る事は出来ないのは事実だ」


「長にも王にもなれないというなら代理ということで、どうにかならないか?」


 人々の熱い直向きな説得により、セフィロト達は何かしら待遇を受けざるを得ないという結論となり、爵位と同等の待遇を受けることになった。

 セフィロトの全員が平民出身で具体的にどの程度の爵位かは誤魔化されたが、それでも決して悪くは扱われなかった。


 その後にセフィロトはそれぞれに与えられた領土へとお互いに別れを惜しみながら赴いた。

 本人達の希望により、各々の領土の位置は大陸の中心に縦線状となり、それは生命の樹で彼らに血を分けた天使が割り当てられる位置であった。

 皆が皆、恵まれた環境に住めた訳ではなかったが、それでも各国では英雄達に支援を惜しまなかった。

 

 後世になって財を食い潰す者や贅沢に溺れる者は出てきたが、稀であった。


 不本意ながら王を目指した者はいたが、他のセフィロトに粛清されるのが常であった。

 勝手に王を名乗ることは認めない。天使の血は引いていても決して神ではない。人の世を乱す者は許さない。

 自らには働かないが、他のセフィロトに働く血の鎖があり、不穏なことをすれば他のセフィラーから一斉に粛清されるため、セフィロトからは王は誕生しなかった。


 事実とは裏腹に、民はセフィロトから王を求めていた。

 セフィロトには人格者が多く、先天的な魅力にしても、性格としても慕われる者が多いためである。

 世の為、人の為、その信念は皆共通しており、世に出ると家名と才覚によって必然的に担ぎ上げられる。

 皆が皆、全てに突出しているわけではないが、少なくとも一つは何かしらの才能を持っており、先祖代々受け継がれるカリスマにより慕われることが多い。

 それに加えて大陸を救った英雄の末裔という事実は、本人の才覚に以上に人々を酔わせる。

 ただの人間よりも人を超越した者に王になって欲しいという人々の願いを叶えるため、国家への反乱の首謀者となる者もいた。


 神も天使も人を愛している。


 その情性は子孫にも受け継がれ、基本的に和を乱したり、余程の性根が悪い者でない限りは叶えたいという思ってしまう。


 ある意味では直接手が出せない天界の代行者とも言える。

 

 とはいえ、そこで増長すると粛清されるのが歴史から皆分かっているので、王になろうとする者はおらず、なろうとしないように云われている。

 もっとも、自発的にではなく、悪意の無い者から頼まれ事をすると断り辛いという、ある意味で一種の呪いのような性分が災いした結果である。

 そして家名だけでも人を魅了する呪いとなることも多いと伝えられている。


 ラズルが偽名を使うのもその為である。


 実力が無くても家名だけで出世が出来る。

 国としても、王に推さなくとも求心力を得るため象徴として使いたい。


 そうはなりたくない。


 いずれは先人達と同じように道を外すかもしれない。


 それでも関わった人達が幸せになれるように、守れるように、ただその願いのために、ラズルは軍人となった。

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