第11話 一緒に飯を食べたら仲間も同然


 一時はどうするかと悩んだものだが、行路は順調である。

 歩兵もいたが、敵の馬が丸ごと残っていたので全員馬に乗っている。

 他の馬は逃しても良かったが、野に変えることはせずに、スカーレットが従えてついてきている。

 どうするんだろうな。王都か実家に寄付かな。



 急ぐわけではないが、ゆっくりでもなく、程よい速さとはこういうことを言うのだろう。


 スカーレットは他の馬が疲れない程度の速さに抑えて先頭を駆けている。

 賢さも気遣いも馬としての能力も大したものだが、彼女の魅力はそれだけではない。

 こんな馬いるのだろうかと思わずにはいられないことがある。


 揺れを全然感じないんだ。


 乗り心地が最高過ぎる。


 性格的にも能力的にも素晴らしい。

 俺、惚れちまったよ。

 人間で嫁を貰えなかったら、結婚するのもいいかもしれない。

 擬人化の法とかどこかにあるかもしれないから、それを探して旅をするのも良いだろう。

 下手したら俺が馬になるのもアリかもしれない。

 肝っ玉母ちゃんという感じがするが、こんなにイイ女は滅多にいないだろう。


 馬だけど。


 馬じゃないな、名馬だな。


「これ、ルクスよ。呆けて何を考えておる?」


「え? いや、乗り心地が良いなぁと……」


「そうじゃな。妾もこんな名馬は初めてじゃ! 褒めて遣わすぞ」


「ははっ。有り難きお言葉、身に余ります」


「むぅ……。子供だと思って馬鹿にしおって! そういえばルクスよ。お主、前に見た時より若く見えるが、気のせいかえ?」


 そうだよな。気付くよな……。

 

「姫様、それについては後程お話します。ティファレント家に着いてから当主様を交えてお話させて下さい」


 聞こえないように、音を遮断する魔法を使った上で小声でそっと伝える。

 ついでに、ふぅと耳に息を掛けといた。


「こら! くすぐったいではないか!」



 こうやってふざけ合うのも良いものだな。


 こんな機会はもうないかもしれないと思っていたのだから。




 ティファレント領の実家には日を跨いで、翌日の夕方くらいに到着した。


 領民達は俺が偽名で騎士団に入ったことは知っているので、ラズル様と呼ぶようなことはせず、何も言わずに手を振ってくれた。


 スカーレットだけなら、昨日のうちに着いたが、他の馬のもいる。

 他の馬が駄目な訳ではなくて、彼女が優秀過ぎるのだ。

 疲れた馬がいるのにも直ぐに気付いて、足を止めるし、少しでも調子が悪い者がいたら誰かしら気が付いて、俺に耳打ちしてくれる。


 これは俺の方針で、急ぐ訳ではないし、皆には無事でいて欲しい。せっかくティファレント領に来てくれるのだから、万全な状態で身体を休めて欲しいという想いがあるからだ。元気なのに休めというのもおかしな話だが、具合が悪くて寝込まれるのより、全然良い。


 ちなみに昨夜の夜営では俺が主導で飯を振る舞った。

 姫が食べたいと言うからだ。


「天聖騎士団の食事は美味であるとの噂じゃが、妾も食べてみたいの。特にルクスが作ると格別らしいの」


 そして階級的にお願いし辛い兵達も姫が頼むならということで便乗してきたから、仕方なく作ってやったよ。


 本当は気合い入れて作ったけどな。

 俺の作った飯を美味しいと思って食べてくれるのは嬉しいし。


 天聖騎士団の飯が美味いことは、非常に有名だ。

 飯が不味くては戦で士気の低下に繋がるので、王族お抱えの料理人であるアンドレイを紹介して貰って、戦場で美味い飯を食べたいということを相談したのは懐かしい。


 高い食材を沢山用意して時間を掛けて料理をすれば美味いものは食べれるが、望む結果はそれじゃない。

 美味いこと、栄養価が高いことは当然に求めているが、高級食材を皆に食べさせるというのは現実的ではない。

 比較的安価で栄養があって、料理時間を短縮出来つつ簡易で美味いというのが理想だ。


 根性で戦は戦えない。


 かなり無茶な要求なのはわかる。

 だから相談したんだ。

 

「栄養と材料はどうにかなりましょう。問題は味と効率ですな。私がその場にいればそれなりのものは作れましょう。だが、そうではない」


 まぁ、そうなんだよな。

 それをどうかしたいんだよな。


「レシピは考えてみます。簡単なものであったり、事前に仕込みをしてすぐに調理出来るものが望ましいですな」


「感謝する。それともう一つお願いしたい。貴方の食に対する考えを兵たちに説いて欲しいんだ。栄養であったり味であったりを。内容は指定しないし、複数回でも構わない。貴方の料理を再現するのに貴方の考え方を知っておくのは重要だ。もちろん対価は支払う」


「正直、ここまで熱意があるとは思いませんでしたぞ。お任せ下さい!」


 俺達は熱い握手を交わした。


「こちらは最低限の調理技術は身に付けるよう徹底しよう。事前に準備することはあるだろうか?」


「料理で何も出来ない人はご遠慮頂きたかったのですが、大丈夫そうですね。私からは今のところはございません。ルクス殿が皆に慕われるわけですな」


 こうして、俺も含めて騎士団では料理の勉強は必須となった。

 

 騎士団のカリキュラムに盛り込んでおり、料理教室的なものを習熟度別に開催している。


 費用は経費から落とした。

 駄目元で申請しても通るものだなぁ。


 飯なんか食えればいいんだという奴に、自腹切って料理を覚えろというよは無理がある。

 そんの組織は俺も嫌だ。


 自ら料理するだけでなく、外でも何を食べるべきか、その食事に何を望むのかを考えるようになり、そういう意味で他の兵達と一線を画すようになった。


『あなたの身体はあなたの食べたもので出来ている』


 これは至言だ。



 俺は相手がいないので成果が出ていないが、うちの騎士団員は恋人に手料理を振る舞うと胃袋を掴んでしまうらしい。

 まぁ、王族お抱えの料理人のアンドレイから教えを受けているからな。

 栄養が身体に及ぼす影響であったり、調味料の特性とか、調理法とか、色々ね。


 外食するより自分で作った方が美味いし、安い。

 あまり外食をしない天聖騎士団の一般兵卒の貯蓄事情は、他の兵と給与で差がないのにも関わらずに、大変良い。




さて、肝心の俺が振る舞った料理はというと……。


「美味じゃの! 城で食べているようじゃ! まさかここまでとは思わんぞ。大義である!」


「身に余る光栄です。私に指導をして下さったアンドレイ殿も弟子が褒められて鼻が高いことでしょう」


「ほう。初耳じゃの。妾にはどちらがどうとか優劣を付けることは出来ぬ。だがな、優しい味で皆の事を思って作ってくれているのは伝わったぞ。料理は心とは良く言ったものだな」


他の兵達にも好評のようだ。

「こんなに美味いものが外で食べれるのか……」

「天聖騎士団に異動届出そうかな……。倍率高そうだけど」

「実は俺は昨日死んで、天国で飯食べてるのかな?」



「はははっ。喜んでくれて何よりだ。私としても、皆と共に出来たこの縁に感謝する!」


 おぉー!!


 そんなに大したことは言っていないのに、歓声を上げてくれるなんていい奴らだな。

 流石は姫の護衛につくだけはある。


 お通夜みたいな感じだったのが、食事一つもこうも変わってしまう。

 やっぱり食事って大事だな。


 翌日の朝と昼の食事は、兵達が作った。

 昨日は特別で、本来は一番階級が高い俺にやらせるのはどうかというものだ。


 一応、将軍だからな。


 ただ、姫から食事にアドバイスをしてくれと言われたこともあり、軽く口を出した程度だが、それでも十分に味が良くなったと喜ばれたのは少し嬉しい。


 一緒に飯を食べると、絆が強くなるというのは益々信憑性が出てきたな。


 最初は警戒していたが、少し心を許せるようになったのだから。



 さて、これからは俺の戦いだ。

 父さん達、領民達、姫や兵達、みんな驚くだろうし、悲しむかもしれない。


 先に謝っておくよ、ごめん。


 ガストン達には外で待っていて貰い、ドキドキしながら姫と二人で領主の屋敷に向かったのだった。

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