第12話 ただいまと家族会議
「ただいま」
屋敷の門番に小声で話し、中へと案内してもらう。
今回の帰郷はについては伝えていないが、外で兵が待機している以上はルクス・アズライトとして訪問している形となっており、門番も空気を読んでくれている。
「では、こちらの応接室でお待ち下さい。ご主人様をお呼び致します」
「ありがとう。可能であれば母さんもイルミナも連れてきて欲しい。大事な話があるんだ。あと、姫様もいると伝えてくれ」
「かしこまりました。お待ち下さいませ」
イルミナは妹だ。姫と同い年で仲が良い……と思っているが、実が仲が悪かったらどうしようかと不安なのは内緒だ。
今は春季休暇のはずで、来週あたりから学校が始まるんだったかな。
「この休みの間は遊べんかったからのう。長期休暇中に友人の家に行くのは憧れておったのじゃ」
護衛いに死者が出ていたら不謹慎だが、そうではなし、これから話す内容は明るくないからどう反応したものか困った。
とりあえず、頭を撫でておいた。
「むう。ラズルくらいじゃぞ。父上や母上以外に妾の頭を撫でるのは」
「妹みたいなものですからね。嫌ですか?」
「嫌ではない。意地悪は良くないのじゃぞ」
姫と和んでいると、人の気配が近付いてきた。
はぁ、暗い話をしないといけないのは辛いな。
そのうちに、応接室に父と母と妹が入ってきた。
妹は口だけ動かして、嬉しそうに手を振ってきた。
(お兄様、イザベラ)
と、言っているのだろう。
本当の所はわからんが、口の動きを見る限り、多分な。
そして、当主として、父さんが挨拶をする。
「これはこれはイザベラ様、お久しゅうございます。十分なおもてなしが出来ず申し訳ございません。ラズルも久しいな」
「連絡もせずにいきなり訪問しては仕方ない。むしろすまんのう」
姫は王皇貴族にしては珍しく、人の気持ちや都合を気にしてくれて、傲慢さが無い。
喋り方はあれだが、気持ちの良い性格だ。
「父さん、大事な話があるんだ。まずは兵達を休ませたい。宿を手配出来ないか? あとは明日の一◯時頃に集まるようにと」
「うむ。わかった。家の者に案内させよう」
「私が伝えて来ますわ」
イルミナが少しだけ席を外して、すぐに戻ってきた。
「さて、姫様もいらっしゃって大事な話とは何があったのか」
「ああ、姫様は成り行きだ。俺の用事があって、こっちに向かっている途中に百人くらいの集団に襲われているを発見して、撃退した上で保護した。事情があって、王都ではなくこちらに来て貰ったんだ」
「ぬ? 妾はそこまで聞いておらんがの。まぁ、王都ではなくこちらに参るというのは違和感があったが、考えがあることだとは思っておったのじゃぞ。その幼くなった容貌と関係するのかえ?」
「それも話します。その前に……、姫様を狙った連中について、全体的に黒とか灰色で固められた格好をしていたのだご、父さんは何かわかるか?」
「ここ数日で王国内で度々目撃されている連中だろう。ただ、そこまでの人数ではなかったと聞いている。捕まる前に自害するので、生きたまま捕獲することが出来ぬようだ。奴らはクリフォト教ではないかと噂されている」
クリフォト帝国の国教だった悪魔信仰の宗教か。あるのは聞いたことがあるが、本当にあったのか……。都市伝説かと思っていた。
そして何故この時期に出てくるのか……。
「この件については、近隣諸国を含め生存を最優先の上で捕獲するという方針だ。お前は騎士団長というくらいだから、何か知っているのではないか?」
俺が身体を奪われてからの話か……?
少なくとも、俺は知らない。
「父さん、その事なんだが……。俺はもうアルカナ王国の中将でもなければ将軍でもないし、騎士団長でもないんだ」
えっ!? という反応を姫と妹はして、母さんは心配そうにしており、父さんは冷静を装っているが、内心驚いているのだろう。
「更に言えば、この身体も母さんが産んでくれたラズル・ラピス・ティファレントのものではないんだ」
「で、でも……、その姿は紛れもなくお兄様ですわ! 少し幼く見えますが、見間違えるわけがありません!」
ここまでずっと黙っていた母が口を開く。
「その身体はホムンクルスね。生命の流れが人とは違うもの。貴方が育てていたのにも驚いたけど、まさか自分が使うためとはね……。長く持たないことは分かっているの? その身体は数年しか持たないわよ。」
あぁ、やはり母さんにはわかるんだな。
「母さんの云う通りで、これはホムンクルスの身体だ。いずれは何かの魂を宿らせようと思っていた。みんな言いたいことはあると思う。その前にここに来るまでの経緯を聞いてくれないか」
それから、俺はあの日から今日までの事を全部話した。
魔術師団統括団長のマルキウスが退役するから、役職を引き継いで兼任して欲しいという話があったこと。
引継ぎという話で、奴の部屋に行くと換魂の法によって身体を交換させられたこと。
奴は悪魔との契約で、元の身体の魔力と寿命を犠牲にして換魂の法を手に入れたと聞いたこと。
マルキウスの姿で、騎士団にお別れの挨拶に行ってとても辛かったこと。
魔力も寿命も残り少なく、奴は方々で嫌われており、誰かの協力を得るどころか、地位も資金もないので普通に生きていくのが難しいということ。
王都の宿に泊まったら、暗殺者が仕向けられており、いよいよ生きるのが難しいというのがわかったこと。
秘密裏に育てていたホムンクルスの事を思い出して、身体を取り戻すために自らの魂を宿したこと。
身体を取り戻せないとしても、差し違えでも奴から身体を奪いたいこと。
出来れるなれば自分の身体に戻って生きたい。そうするために帰ってきたこと。
出来事も想いも全部話した。
母さんも妹も姫も泣いていた。
父さんは泣いてはいないが、とても悲しそうな顔をしている。
みんな、俺のためにありがとう……。
「そうか……。辛かったな……。よくぞ帰ってきた」
父さんが俺のところにきて、頭を撫でてくれた。
子供の時以来で、本来なら恥ずかしいところだが、今回ばかりは嬉しくて、涙がこみ上げてきた。
他のみんなも抱きしめてくれた。
あぁ、俺はこんなに愛されていたんだな。
場が一通り落ち着いて、父さんが口を開いた。
「せっかく来てくれたのに申し訳ないが、碌な方法がない。お前もわかっていると思うが、換魂の法で奪い返す方法はある。
これは勧めない。対価が大きいからな。
だが、其奴は対価を払ったとは言い難い。
お前は損をして其奴は犠牲がないに等しいからな。
いずれは其奴の魂諸共、供物となるのが妥当であろう。
方法としては悪魔を特定して呼び出し、対価の不当性を唱えることだな」
そうだよな。俺は損しただけで何一つ得がないからな。敢えて言うなれば、俺が愛されているということが実感出来たが。
「魂を引っ剥がして、空の肉体にお前の魂を移動させるという方法もあるが、問題は引っ剥がすことだ。
賢者の石を作る際に肉体から魂のみを抜き出すことが出来る。
魔法陣上におびき出す必要があり、事前の準備も大変な上に引っ掛かってくれるとは思えない。
お前の元の身体には、魔術師と悪魔の魂が同居している可能性は否定できない。何かしらの防御手段を持っているだろう」
賢者の石か。伝説だと思っていたが、現実に存在し得るのか……。作った者は死後に地獄に落ちるんだよな。
「一番確実そうなのは、ティファレントの血と力を授けて下さったミカエル様にお告げを聞くことだ。私には真っ当な方法は思い浮かばない。ルミナスは何かあるか?」
母さんは父さんより魔法について詳しいから、何か良い知恵を与えてくれたらいいな。
「人の魂を扱う魔法は禁術や邪法と呼ばれているのよ。人の身である以上、神の領域に手を出すのは烏滸がましい。使えば必ず罰を受ける。魔法ではなく、ミカエル様にお伺いを立てるのが良いと思うわ」
『魂を冒涜した罪は重い』
ある物語でとある神が言っていたが、とはいえ理不尽だろう? 俺は望んでいないし、ただ奪われただけなのに。
「ミカエル様ってお告げをくれるのか?俺は今まで一度も聞いたことないぞ。イルミナは知ってたか?」
「ううん。知らないよ。うちって聞かないと教えてくれない事が多いよね」
「妾は知っておったぞ。セフィロトは天使の加護を受けており、窮地の時には必ず助けになってくれるとなってくれると」
剣術や魔術は段階的に教えてくれたんだけどな……。
何で俺たちは知らなくて、姫が知っているんだ?
「伝える必要が無かったからよ。言い伝えでは子が生まれた時と、窮地に陥った時にお呼びして良いとされているのよ。悪戯や興味本位で呼ばないとも限らないじゃない?来てくれるかはわからないけど、良くは思われないわね」
「まぁ、うん……。そうだね」
昔はヤンチャだったから否定できないんだよな……。
「話が長くなってしまったが、今宵、日付が変わる時にミカエル様をお呼びすることにひよう。姫様もお前も疲れているだろう。食事までゆっくりしていて欲しい」
こうして、どうにもならない現実をどうにかするために、天使の知恵をお借りする事となったのであった。
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