第13話 我が家

 あまり帰って来ていなくても、実家というのは癒されるものだ。

 人の身体ではないとは言えども、五感は機能しているし、今のところ不自由はない。


 食事の前に父さんと二人風呂に入った。


 騎士団がどうなのかとか、頑張ったことや辛かったこと、楽しかったこととか、色々話をした。


 父さんはどんな話も興味深そうに聞いてくれるから、ついつい俺の話ばかりをしてしまっていた。

 まるで子供みたいだな。

 まぁ、父さんや母さんから見ればいつまで経っても子供なのは変わらないのだが。


「時にラズルよ、意中の相手はいないのか?」


 あぁ、やっぱりその質問来ちゃったか。


「特にいるわけではないんだけど、恥ずかしくて女性とまともに話せないんだよ。姫は妹みたいな感じだから大丈夫なんだけどな」


「それならば安心した。今はこの状況でも、元に戻れた時にはは、お前を慕う者は多いだろうから大丈夫だろう。ミカエル様に聞いてみても良いかもな。ある意味では非常に重要な問題と言っても過言ではない」


 その為に早く身体を取り戻さないとな。

 そういえば、女好きで有名なあいつは男として機能していないはずだが、どうしているんだろ?

 

 俺にとっては自分の命と同じくらい重い。

 生半可な対価では俺の『初めて』は渡さない。

 どんな対価でも駄目だろうだけどな。


「そういえば、父さん。俺のミドルネームの『ラピス』は初代様にあやかってと聞いたんだけど、何で俺だけなの?前は教えてくれなかったけど、もういいんじゃないかな?」


「あぁ、私とルミナスは初代様の名前を頂いて『ラズル』と名付けようと決めていたんだ。お前の眼は、私やイルミナの様に明るい青ではなくて、濃紺だろう? ミカエル様が云うにはお前は初代様と同じ眼の色をしているようで、そこからラピスという名前を下さったんだ」


 ちなみに初代様の名前は『ラピスラズリ』で、我が家に代々続く黒髪と、俺と同じ瑠璃のように濃紺の瞳だったようだ。

 名前負けしていようがいまいが、同じ名前は重いから、そこはありがたい。


「次に機会がいつあるかわからないから、今云っておく。

 お前は自慢の息子だ。

 お前が頑張って来たことも、やり遂げて来たことも、誰もが認めている。

 息子としてではなく、個人としても尊敬に値する。

 その……上手く云えないが、どんな結果になったとしても、誰もがお前の選択を尊重する。だから自分が思うようにやればいい」



 父さんがここまで俺を認めてくれていたということに胸が熱くなった。



「ありがとう父さん! ミカエル様のお言葉次第だけど、どうにもならないなら、王都に殴り込みに行くよ」


「あぁ、それでいい。さて、上がるぞ」



 風呂から上がると、ご飯の支度が終わったようで、女性陣が待ち構えてきた。


 貴族や王族は食事中は基本的に私語はしないようだが、うちは貴族っぽいが貴族ではない。

 口に物を入れながら喋るのはアレだが、みんなで楽しく食事しようというスタンスである。


 今日は姫と長男がいるからか、シェフのアルベルトさんが気合いを入れたらしく、豪勢で腕によりを掛けて作ってくれた。


「お口にお合いすれば良いのですが……」


 などと言っているが、言葉とは裏腹に表情は明るく、心を込めて作ってくれたのが伝わってくる。


 みんなで頂きますと、料理を口にすると、誰もが美味い美味いと食べている。

 うちは当たり前のに事こそ感謝しろという家訓があるので、美味ければ必ず美味いと言う。


「美味で温かい味だの……。毎日明るい食卓を囲んでおれば、こちらの皆が優しいのも頷けるのう。妾はこのような楽しくて優しい食卓を求めていたようじゃ」


「イザベラも優しいじゃないの。 そこらの貴族なんて嫌な奴ばかりなのに、貴女は違うわ。しんみりしてないで楽しく食べようよ」


 みんなきょとんとして、一瞬どうしたものかと思ったが、流石は我が妹だ。

 母さんは二人のやり取りを観て、微笑し気だ。

 俺自体は婦女子の慰め方なんてわからないから、『流石は我が妹』というのはおかしな話だがな。


 とはいえ、言われて悪い気はしないというのは事実だ。


「我が家で良ければいつでもお越し下さい。姫様、あの顔を見て下さい。アルベルトのあの安心して、やってやったぞという顔を。あとで説教しておきます」


 ははは、と食卓に笑いが生まれる。


「腹だけではなく、胸も満たされたわ。当主よ、心遣い感謝する。

 ラズルも気の利いたことは言えないのかえ? 感傷に浸る乙女を慰めるのは紳士たる者の役割じゃぞ?」


「たまには父さんに譲るのも良いかと思いまして。抱っこしましょうか?」


「そうかの? では、甘えさせけもらうのじゃ。

 なんて云うとでも思うたか!

 馬鹿にしよって! 腹立つわ! このヘタレ英雄が!」


 貶されたのに全然腹が立たないし、むしろ好ましくもある指摘に、またしても食卓に笑い声が響き渡る。

 こんなに笑ったのは久しく感じる。騎士団にいて、こんな下らないやり取りをしていたのも先週の話なのにな。


 皆の食も進み、この後にデザートとお茶が出たが、これには家族も姫も舌鼓を打った。

 どうやら、アルベルトはここぞという時の為に新作を温めていたのだと。


「さて、私とルミナスは例の件の準備を致します。ラズルもついて来い。姫様は、時間になりましたら部屋に伺いますので、それまでしばしお待ち下さい」





 これから大掛かりな何をするのかと思ったが、準備と言っても大したことはなかった。


 呼び出すための触媒と供物の用意と儀式のやり方の説明だけだった。


 触媒にはティファレントの血液が必要だが、俺の今の身体で大丈夫なのかわからないので、これは父さんが用意する。

 もっとも、大した量は必要ないが、使った分だけ長く留まってくれるらしい。


 儀式までは割と時間があるので、それまでは父さんと組手をした。


 父さんも母さんも中年と云われる年齢で、決して若いわけではないが、父さんの見た目は三◯代、母さんは二◯代後半と若作りだ。


 若さの秘訣はストレスを溜めないことと、栄養があって美味い食事と適度な運動なのかもしれない。

 本当のところは知らないが、領民にそんなことを話していたような気がする。



 魔法について、俺も母さんも膨大な魔力の持ち主なので、大きいのはぶっ放せないから基礎的な魔法での練度を見て貰ったが、母さん的に満足のいくものだったようだ。



 で、組手の方はどうだったかと云うと……。


「強くなったなラズル。だが、まだ負けはしないがな」


 王都でも俺より強い奴はいないのに、父さんにはまだ及ばない。


 庭先で木剣でやり合っているのが聞こえたからなのか、イルミナとイザベラがバタバタと急いで見学にきていた。


「ああ。父さんにはまだ届かないみたいだな。それでも心躍る打ち合いだったよ。もう一度頼む」


 そしてまたバチンバチンと打ち合う。

 最初は木剣一本でやっていたのが、二本になって、次は槍で、素手になって、また剣に戻ったりと、何回も手合わせをした。


 俺は自分より強い相手が王都にいなくて、強い相手で嬉しくて楽しいし、父さんは手応えのある自慢の息子とやり合えて嬉しくて楽しい。

 ギャラリーは自分がやっているわけではないのに真剣に見ている。


 どれだけ時間が経ったかわからないが、それなりに良い時間になったようで、母さんが手を数回叩いて打ち合いを止めた。


「それまで」


 俺も父さんもまだやれたけど、キリがないし、充分満喫したと言えるだろう。


「ミカエル様にその汗では失礼でしょう? もう一度お風呂に入ってきなさい」


「「はーい」」


さて、天使様のお告げはどうなるのやら。

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嵌められた英雄 〜 あの人は今 ねこまんま @kogushun

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