第7話 さよなら王都
ホムンクルスの身体の性能は元の身体に近いものだった。
最も髪の毛は伸び放題だったが。
魔力量やら筋力量か若干劣るが、育て始めた当時よりも元の身体の方が成長しているから仕方ないだろう。
間違いなくメルキウスの身体より全然良い。
それはそうと、これどうするか……?
黒装束を纏っているメルキウスの身体である。
どういうわけか肉体的に死んではおらず、眠っているような状態だ。
ここには置いておきたくない。
王都の公園にでも置いてくるか……。
昼だと当然、見つからないわけもないので、やるなら深夜だ。
と、思ったがちょうど深夜の午前二時だった。
着替えて行きたいところだが、服と呼べるようなものは外套しかなく、黒装束は着たくないので、全裸に外套を纏っている状態となる。
最近は聞かないが、一昔前に男が全裸にコートで外出して、女性と遭遇すると、バッ! とコートの前面を曝け出して、女性が嫌がるのを見て喜ぶという変態が出没していた。
基本的にやるのは男だが、たまに女性でもそういうことをして捕まる人もいたらしい。
つまりは、見た目的に俺も同じ状況ということだ。
巡回している兵に見つかれば一発でアウト。
この季節にいい歳した男が長いズボンを履いていない。
一般の人から見たら不思議だろう。
親切な兵隊さんが心配して声を掛けてくれるなんて状況も避けたい。
とりあえずメルキウスを置いてから、自宅に行こう。
ルクスの生体情報と、とある魔法が必要だから、自分の家には入れる。
奴の身体は麻袋に入れて担ぐしかないな。
外に出たところ、近くには誰も居なかった。
春とはいえど、少し肌寒い。
外套を纏っていても、中はすっぽんぽんだから、スースーする。
変態繋がりでメルキウスも変態と聞いたが、仕込んでおいた呪いは発動しているのか。
いやね、宮廷で占い師のミラ様に身体が乗っ取られるかもしれないとか聞いたから、身体を奪われた時に、男として機能しない呪いを協力して自分に掛けたんだよ。
知らない間に貞操が奪われるなんて嫌だからね。
呪いには対価が必要で、人を呪わば穴二つと云われているくらいだから、相応のものを用意しなければならない。
対価は、自分の魂が宿る肉体が奪われるという具合の悪い状況を対価とした。
事後ではあるが、自分が穴に落ちる対価に相手にも落ちてもらってイーブンという理屈ということだ。
まぁ、そのうち分かるだろう。
絶倫中将なのか、不能の中将なのか。
もしかしたら、大将か元帥になっているかもしれないけど。
確認した限りで誰にも見つからずに、王都の公園に辿り着いた。
広場の小高い山の上に大きな木があるのて、メルキウスの身体をそこに寄り掛からせておく。
息の根を止めても良いが、自分の魂も一緒にあの世に行くのは困る。
それに、奴も自分も元に戻るような方法があるかもしれないから。
用が済んだというか、悩ましい荷物がなくなったので公園を後にし、自宅へと向かう。
ちょいちょい巡回の兵を見掛けるが、どうにか見つからずにいる。
本気で索敵魔法を使われたら、危ないかもしれないが、そこまで気合が入った兵がいないというのが、この時ばかりはありがたい。
自宅の近くには幸いにして誰もいない。
人が寄り付かないようにというだけでなく、見つかり辛いようにも結界を張っている。
結界学で習ったことによると、中に入れないという事象に対して望ましい結界は、入れないと認識されるのではなくて、結界に気が付かず認識を阻害されて入れない方ということだ。
多分メルキウスも城の誰もが見つけられないだろう。
住所録も細工してあるし。
自分の家に入るのにコソコソするのも嫌だなぁと思うが仕方ない。
貴族街の目立たない一角にある自宅に無事に到着し、自分以外(現メルキウス含む)で中に入った痕跡がないことを確認した。
僅か数日ぶりだが、家に帰ってくるのがこんなに感慨深いのは戦の時以来であろう。
まぁとりあえずは風呂に入って、大したものはないけど飯を食べて、寝ることにしよう。
肉体的には活動を始めて間もないが、精神的にというか魂的には非常に疲れた。
風呂も自分の作る飯も全てが懐かしい感じがする。
数日間外食していても、遠征でしばらく家を空けてもこんな風に感じることはなかったのにな。
きっと暫くは戻ってこれないだろう、自分のベットの感触を噛み締めよう。
精神的に疲れていたのか、起きたのは九時頃だった。
いつもは何時に寝ても午前六時前には目が覚めるのだが。
これからやる事を確認する。
身体を取り戻す方法を相談するために実家に帰る。
そのために、旅支度をし、馬を買って、王都を離れる。
可能であれば、口座から金を下ろしたい。
とまぁ、こんな具合か。
魔法で保存してある食料も処分しないとな。
当分帰って来ないだろうから。
昼間だし、昨日みたいな捕まるような格好でもないし、顔がバレても構わない。
逆にその方が都合がいいかもしれない。
奴に不安を与えるという意味で。
掃除とか準備をしていたら、昼になってしまった。
髪の毛が邪魔だったので、切って貰ってすっきりした。
男で長髪なんて流行らないからなのか、方騎士団長に顔が似ているからなのか、道中でチラチラ見られた。
次に向かったのは商業ギルドだ。
お金を下ろすのに手間が掛かりそうだったが、幸いにして商業ギルドの預金カードが家にあった。
予備で持っていたのを忘れてたわ。
下ろす額は、もちろん全額。
奴に俺の金は使わせん。
窓口のお嬢さんは金額の多さに驚いていた。
「え……は、はい。承知しました。こちらで本人確認の手続きをお願いしますね」
若干違うが一応本人だから、問題なくパスできた。
いくら入っていたか把握していなかったが、戦の功績やら給料やら何やらで、五千万ステラくらいあった。
大白金貨(一枚、五百万ステラ)を九枚にそれ以外は白金貨(一枚、百万ステラ)を四枚、あとは細かくして貰った。
本名の口座もあるし、金には困らないだろう。
もちろん、そっちのカードも持っている。
食料を中心に野営に必要な道具を購入して、最後に馬を購入しに厩舎へ行くと、顔見知りのとっつぁんがいた。
「あれ?ルクスさんか?もしかして馬を買いに来たのかい?」
「そうなんですよ。事情がありまして。内密にしてくれると助かります」
「もちろんだとも。騎士団でうちを贔屓にしてくれたからね。あそこの赤くて大きい子なんてどうだい?気難しいけど、力も体力も速さもあって若い牝馬だよ」
昼寝していたところを起こして、とっつぁんが厩舎から出すと、二本足で立ってヒヒンと嘶くと、手綱を振り解いて興奮した感じでこっちに向かってきた。
「こ、こら!待ちなさい」
寝起きで機嫌が悪いのか……?
と、思っていたらそんなことはなくて、鼻息荒くして激しくペロペロ舐めてきて、顔をスリスリしてきた。
アンタと交尾させてくれよ言うような熱い視線と態度で激しく迫ってくる。
ヒヒンヒヒンとまるで恋しくて堪らないんだよアンタと言わんばかりに。
「……この子でお願いします。名前はあるんですか?」
人間の女性なら良かったんたが、こんなに求愛されたら、流石に断れなかった。
他の馬にしたら暴れそうだし。
「いや、名前は付けてないよ。付けようとしたんだけど、どんな名前でも反応してくれなくて……」
「そ、そうなんですね……女の子だし、スカーレットなんてどうだ?」
「ヒヒヒーン!」
すんごい喜んじゃったよ。
「よし、お前は今日からスカーレットだ!」
名前を呼んであげたら更に機嫌が良くなったのか、顔が唾液塗れになってしまった。
ただ、流石はレディと言ったところか、不思議にも臭くないという。
「ははは……。ところでとっつぁん、これで足りるかな? お釣りは要らないよ」
そう言って俺はとっつぁんに白金貨を一枚渡した。
「……!? 大金貨を一◯枚でどうだろうと思っていたから有り難いよ。本来の相場はルクスさんの見込みの通りなんだけど、乗り手がいないからね」
「交渉成立ですね。有り難く頂きますよ」
お礼言って出ようかと思ったら、ふと思いついたから言っておこう。
「あーそうそう。今の天聖騎士団の団長は俺とは違う人だから。とっつぁんもおかしいと思ったら頃合いを見て噂流しておいて下さいな」
俺がメルキウスのように振る舞うことは出来ても、あいつはきっとボロが出るだろう。
あれが俺だと思われたら嫌だからな。
流石に街中で馬に乗ると目立つし、兵でもないのに乗ってたら怒られるから、王都の正門までは手綱を引きながら歩いて行く。
道中でもスカーレットは恋人のようにくっついてくる。
頭を撫でると本当に嬉しそうだ。
可愛いやつだなぁ。
正門で声も掛けられずに素通りしたかったが、顔が割れてるだけにそうは行かなかった。
「ルクス様、お疲れ様です! どうぞお通り下さい!」
「あぁ、ご苦労さん。頑張れよ」
「はい! 有り難うございます!」
彼も後で同じ顔の奴を見るだろうが、それはそれで面白い。
新たな相棒と共に、俺は王都を後にした。
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