第8話 赤と青
王都を出てからはスカーレットに乗って、野を駆ける。
良い馬とは聞いてはいたが、正直ここまで速いとは思わなかった。
それどころかこんなに早い馬は初めてだ。
とっつぁん曰く、血のような赤い汗を流して走るらしい。
気性が荒く、乗り手を選ぶ。
本気を出せば一日で千里を走れるとか走れないとか。
そんなに走らせて潰れたら困るからそんなことはしないが。
食事のために休憩を取ると、意外なことに小食らしい。どんだけ食べるんだろうと食料の心配をしていたが、そんな心配も杞憂のようだ。
もしかしたら、俺に良いところを見せようとダイエットをしているのかもしれん。
俺が飯を食べ終わると、撫でておくれと言わんばかりに切ない声を出しながら頭を擦り寄せてくる。
「よしよし、良く走ってくれた。休んだらまた頼むぞ」
心得たとばかりの態度を取る。公私のメリハリもついてて優秀なやつだなぁと感心する。
それにしても、これを騎士団の連中に見られなくて良かったな……。
『団長の悲恋が成就! 彼女はなんと馬面! むしろ馬!』
『団長、人と間違えて馬を口説く』
『団長は自分より身体の大きい女性じゃないと興奮しない』
とか、そんな下らない笑い話が蔓延りそうだしな。
懐かしいと思っても、あいつがいる以上、元には戻れまい。
似ているが、一◯歳近く若いのだから、どう見ても俺が偽物扱いだろう。良くて血縁者と思われるくらいか。
しみじみしていても、始まらない。
さて、行くか。
途中ですれ違った商人や、追い越した馬車の御者はスカーレットのあまりの速いからなのか、呆然としていた。身体も大きいし。
おっと、レディに失礼かな。
もう少し走ったら休憩をしようかと思っていた矢先に揉めているような連中が遠目に見えた。
「どうどう、ちょっと速度を落としてくれ」
頭の良い子なのだろう。主の意図を察して、連中のところに近寄ると、揉めているどころか流血沙汰となっていた。
片方は見たことのない服装の連中で、恐らくはどこかの組織か別の国の者なのだろう。
他方はアルカナ王国の兵達だが、劣勢で辛うじて凌いでいるも、倒れるのは時間の問題だろう。
国を追われたようなものとは言えど、そこまで恩知らずではない。加勢する。
《ファイアーボール》
戦っている自国の兵の邪魔をしないように、敵の塊に軽く放ったつもりだったが、高速な上にとんでもない威力で、余波が味方も巻き込んでしまった。
「お、おい、あいつ何者だ!?」
「何だ、あの馬は!?乗っているのは悪魔か……?」
「まさか、あのお方が来て下さったのか?いや、こんなところにいるはずがない……」
どちらの勢力もこちらを恐怖に満ちた眼差しで見つめてきた。
よせやい、照れるじゃないか。
それもそうだろう。
橙色でも赤でもない『青い』高速の火の玉を放つような奴がドデカい馬に乗って近づいているのだから。
元から魔力は沢山あったが、身体を巡る魔力回路がこれ以上ないくらいに円滑どころか、身体そのものが魔法と言っていいくらいに最適化されている。
下手にホムンクルスの技術が露見したら軍事利用されるかもな。
まぁ、そうならないように秘密にやっていたんだが。
徐々に近づいていくと、自国の兵は俺の存在に気付いたようで恐怖に歪んでいた表情が安堵に変わる。
「ルクス殿!」
敵はやべぇのが来たと構えだし、味方は心強い味方が来たと強気になる。
頭数では明らかに劣勢なのにな。
「ルクス・アズライト、助太刀いたす」
「ま、まさか……黒い死神!?」
こちらで片付けるからと合図をして、敵から離れさせた。味方が守っていた馬車はちょっと離れてしまっていたので、巻き込む心配はない。
《ファイアボール》
心の中で唱え、青い火の玉を複数展開し、数十人に向けて一斉に放つ。
術者の周りに展開された鬼火のように浮かぶ火の玉は流星のように敵を目掛けて飛び出す。
青い炎は命を彼らの肉体を燃やし尽くし、灰になるまで、その勢いが弱まることはなかった。
断末魔と怨嗟の声を響かせながら彼らは逝った。
あまりの威力に自分でも驚いて、気不味くなる。火で燃えるのは分かるんだが、燃やし尽くすまで消えないとか、自分の知っているファイアーボールはこんな魔法じゃなかった。
敵について何の手掛かりも残らずに燃えてしまったので、次からは自重して威力を抑えるようにしないとな。
とはいえ、我が国の兵の命を奪ったのだから、相応の報いをくれてやらねば。
「青い炎を放つ黒髪の男を見つけたらとにかく逃げろ」
「黒い悪鬼? いいや違うね。あれは黒い死神だ」
俺についてそんな噂があったらしいな。
爆発の余波で吹っ飛んだ馬車から、女性がこちらに向かって駆けてきた。
『ラズル!』
髪も服も乱れていて誰かと思ったら、我が国の姫だった。
危ないから出て来なかったのか、気絶していたからなのかわからないが。
手で制するフリをして、沈黙の魔法で黙らせる。カッコつけたわけではないのだが、これ以上喋られるのは都合が悪い。
ラズル・ラピス・ティファレント
これが俺の本当の名前だからだ。
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