第5話 団長無き騎士団
ルクスか身体を奪われてから、天聖騎士団の初めての鍛錬にて。
鍛錬場に団長が登場し、魔術での拡声で団員全員に連絡事項を伝える。
「皆も知っての通り、私は魔術師団の団長を兼任することになった。多忙となる故、今後は鍛錬にも演習にも参加しない。副団長に任せる。以上だ」
団長は短い言葉で告げると去って行った。
(えっ……!?それで終わり?)
(いつも挨拶するのに今日はしないの……?)
(兼任とか知らないんだけど……)
(何かおかしくない?拡声の魔術なんかいつも使わないし)
(いつもの団長なら、違う言い方するよね?)
大きな声では話さないが、誰もが同様を隠せない。
副団長のハドリアヌスも同様である。
少し前からおかしいなとは思っていた。
だが自分がしっかりせねばという思いの元で仕切り直す。
「みんな、改めておはよう!」
「おはようございます!」
団員も副団長の気持ちを察して、応える。
「今日はいつも通り、筋力トレーニングに素振り三◯◯回、休憩して型の確認と組手だ。
来週は鍛錬ではなく、演習を行うので演習常に同じ時間に集まること。午後はミーティングを行うので班長は詰所にいてくれ。以上だ!」
鍛錬はもやもやした雰囲気の中で行われた。
ある者はがっかりした気持ちで、ある者は裏切られたような気持ちで、ある者は悲しい気持ちで剣を振るっていた。
天聖騎士団の結成以前の前身からの付き合いのあるハドリアヌスでも、違和感を感じずにはいられない。
元気がないとか、機嫌が悪いとかそういうレベルではない。
まるで『違う人間』なのではないかと思う程の変わりようだった。
こんな時に団長から言付かっている言葉がある。
『困ったことかあったら、占術師のミラ様に相談するといい。きっと良い方向に導いてくれるさ』
副団長は急いでミラの元へ行く。
占術師のミラは基本的に大体の事で相談に乗ってくれる。
恋愛や昇進や仕事の悩み。
セクハラやパワハラ、内部告発の相談、戦の行方、その他諸々。
個人的な事ではお金を取るが、仕事に関連することは経費で落ちる。
上の者には誰がどんな占いをして貰ったかを知ることは出来ないし、調べてもいけない決まりである。
昼休みは就業後の時間は高い確率で先客がいる。
鑑定中かもしれないが、並んでいる人はいなかった。
受付嬢に声を掛けて、鑑定の依頼をする。
「すみません。ミラ様に相談したいのですが。天聖騎士団の副団長ハドリアヌスです」
「ちょうど今は空いてますよ。どうぞお入り下さい」
ハドリアヌスは占いは初めてなので、非常に緊張した面持ちで中に入る。
「し、失礼します……」
「あら、いらっしゃい。どうぞお掛けになって」
ハドリアヌスは席に着くと自己紹介をし、相談内容の秘密が守られる事、相談しても良い内容かを確認した。
「ええ、大丈夫よ。深刻なようね。ルクスの坊やがそうなら気持ちは察するわ。ちょっと待っててね」
ミラは水晶玉に集中する。
ハドリアヌスは不安に怯えながら、ミラの方を真っ直ぐに視る。
ミラは驚いたように目を見開き、すぐに悲しみに満ちた顔で話始めた。
「あんたには聞きたくない話だよ。それでも聞くかい?」
「覚悟をしてこちらに参りました。聞かせて下さい……」
「わかった。まずはそうだね……」
ミラは最初にあれはルクスでないことを伝えた。
これにはハドリアヌスも聞きたくはなかったが、やはりそうであろうなと。
人の性格はそう簡単に変わるはずはないと思っていた。
次に伝えたのは、ルクスとマルキウスの身体が入れ替わったことだった。
これには流石に驚きを隠せなかった。
マルキウスは退役のため、魔術師団の統括団長の座をルクスに託す引継ぎを理由に自らの執務室に呼んだ。
ここでマルキウスが準備していた魔法らしきもので身体が入れ替わった。
マルキウスとなったルクスは自分に何も出来ないことを悟った。
だからせめて、自分と共に過ごしてくれた騎士団には別れを告げたのだと教えてくれた。
「だから、団長は騎士団を頼むと……。うっ……。貴方の無念に気付けず申し訳ありません……」
「大の大人が泣くんじゃないよ。と、言いたいところだけどね。私にとっても悲しいことだよ」
ミラはハドリアヌスが落ち着くまで待ってくれていた。
「すみません……。落ち着きました。団長は今はどうしているのでしょうか?まだ生きておられるのでしょうか?」
「城を出た日の夜に襲われてどこかに逃げたようだね。どこかは見えない。その後に……おや?また身体が入れ替わってるね。少しばかり若いけど坊やに似てるね。マルキウスの身体は放って、王都を出て南に向かっているね」
「無事なのですか!?」
「あぁ、何とかね。どんな形になるかはわからないけど、坊やは王都に戻ってくるよ。また会えるよ。こんなところかね」
「ありがとうございます。知りたいことは十分に知れました。心から感謝致します。あ、あの費用は……」
「こんなの個人の問題じゃないだろう?経費に決まっているじゃないか。みんなにも伝えてあげるんだろう?安心しな。ふんだくっておくから」
「はは、お手柔らかにお願いします。重ね重ねありがとうございました」
あまり食欲はないが、食べないのは良くない。
これも団長からきつく言われている。
ある意味で、本人でないということには安心を覚えていた。
自他共に憧れていた人物が、ああなってしまって違う人であって欲しいという願いがあったためだ。
思えばあの日の昼食が最期だったのだな。
昼食を食べて騎士団の詰所でミーティングを行う。
議題は『ルクス・アズライト団長』のことである。
自分が見てきたこと、昼にミラに鑑てもらったことを全て話した。
団員はやはり驚きを隠せなかった。
参加している者はマルキウスの姿で挨拶に来ているのを見ているだけに、想いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
団員にとって、ルクスは面倒見の良い兄のようであり、師であり、先輩であり、苦楽を共にした戦友であり、同じ釜の飯を食べた仲間である。
共に過ごした時間も期間も決して長くはないが、助けて貰い面倒を見て貰った恩もある。
家族と呼べるような人だった。
この議題についてどうするかは誰かが改めて提示するまでもなく、自然と結審した。
ルクスが戻ってきたら、全力で支援しよう。
国と敵対してでもルクスに付き、ルクスの姿をしたマルキウスを討つ。
帰って来た時に、誇れる天聖騎士団になっていようじゃないか。
男達はそう誓い合う。
『団長がいなくても』王国最強と謳われる騎士団の名誉が廃れることは無かった。
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