サイキッカーとドラゴニック・ブラッド

長月瓦礫

1 ここで君を助けられると思ったから


青い月に照らされながら、根岸京也は背後を何度も確認していた。

姿の見えない何かが、彼を追いかけていた。

今日は満月、夜空に青白く輝いていた。


この町に来てから、彼は複数の視線を感じていた。

彼の持つ何かを狙っているのは確かだ。


路地裏に入り込むと、男が数人、姿を現した。

彼らの顔はやけ青白く、不気味に映った。


「何の用だ」


「お前の血をもらいに来たのさ」


男たちは下品な笑みを浮かべ、それぞれ武器を手に持っていた。

鉄パイプやハンマーなど、どこで手に入れてきたのだろうか。


「献血にでも行ってきたらどうだ? いろんな人間の血が飲めるぞ」


「ただの人間じゃあ、おもしろくないだろう?」


またその話か。京也は眉をひそめる。

この町に来てからというもの、彼の血を狙っている連中が現れる。

彼らが吸血鬼であることは分かったが、自分を狙う理由が分からない。


自分のような人外なんて、他にもいるだろうに。


根岸京也は竜と人間の間に生まれた子供だ。

しかし、竜の父親の顔は一度も見たことがない。

人間の母からは何者かに倒されたとしか聞いていない。


竜とは、元からそういう運命にあるらしい。

勇気と無謀をはき違えた人間が竜に挑んでは、自らの命を散らす。


正直、何がしたいのかよく分からない。

名声か富を得たいのか、それとも自分の力を見せつけたいのか。

いずれにせよ、自分の父親はどうしようもなく強欲な奴に倒された。


俺の親父を倒した奴の顔を一度は拝んでみたいもんだな。

何となく、そんなことを思いながら生きてきた。


人間社会を生きて、20年近くが過ぎた。

竜の血があるからと言って、脳みそは人間と大差がないらしい。

勉強をしなければテストで悪い点を取り、予習と復習を繰り返していれば、成績も上がった。


強いて違いをあげるなら、周囲の人間よりも運動神経がよかったことだろうか。

運動会などのイベントで、これといったトラウマができなかったのが幸いだった。


だからといって、彼はその運動神経を活かすことをしなかった。

同級生たちは自分とは違う空気を放っていた。

越えられない壁というか、溝のような何かを感じて生きてきた。


部活に入ることもなかったし、まともに友達ができた覚えもない。

静かにひっそりと、生きてきた。


日頃の行いがよかったからか、どうにか一般企業にも就職できた。

今日の午後、入社式が行われるはずだった。


似たような服を着た人間たちが椅子に座り、じっと社長の話に耳を傾けている。

こんな狭苦しい世界の中で、これからを生きるのか。

彼らとの間にある壁は絶対に、越えられないというのに。


数十年後の未来に耐えられなくなった。その絶望感が引き金となったらしい。

彼ですら忘れかけていた、竜の血が目覚めてしまったのである。

覚えているのは、彼自身が発した咆哮と逃げ回る人々の姿だけだった。


暴れまわった後は、ビルの窓から飛び降りた。

運よくごみ捨て場に着地し、そのまま姿を消した。

その日から一転、静かに締めくくられるはずの彼の生涯は幕を閉じたのである。


「うぇっへへ……竜の血ってのは、どんな味がするんだろうなあ?」


男たちはじりじりと、彼を追い詰めていく。

京也は脇を締め、両足を肩幅に広げる。

この手の連中は一回、痛い目に合わせないと理解できない。


言葉が通じない連中は、体に訴えたほうが早いことを彼は幼い頃に覚えた。

この手の喧嘩で負けたことは一度もなかった。


「竜の血かあ……きっと、スパイシーな味がすると思うよ」


のうてんきな声が聞こえたと同時に、男たちは背後の壁に叩きつけられていた。


「どうじゃ? 壁の味は。今ならポリバケツもつけてやるぞい」


今度はしゃがれた声がしたと思えば、壁端に置いてあるごみバケツがひっくり返った。生ごみが酷い臭いをまき散らしながら、男たちの方に飛んで行く。

顔面に見事ストライク、男たちは喚きながら路地裏を出て行った。


ゆっくりと前の方を見ると、褐色の二人組が並んでいた。

一人は若く、艶やかな黒髪は毛先がはねていた。

もう一人は背の低い老人で、派手な文字がプリントされているTシャツを着ていた。


「ほら、僕の言った通りだったでしょう?」


のんびりとした声の青年が京也に手を伸べた。

老人は渋い表情で京也を見つめていた。


「何で助けたんだ」


「ここで君を助けられると思ったから。

ねえ、君が例の事件の犯人なんでしょ?」


彼はしゃがみ、京也と視線を合わせた。

質問の答えになっていない上に、彼から質問を投げかけられた。

会話が成立していないではないか。


「無駄じゃぞい。コイツの千里眼を甘く見ないほうがいい」


透き通るような茶色の目がまっすぐに京也を見つめていた。

何を考えているのか、よく分からない。

にこにこと笑うその表情が、とても恐ろしいものに見えた。


彼の言う例の事件とは、自分が暴れまわったあのことだろうか。

メディアでは、そのビル内で爆破事件が起きたことになっている。

警察は現在もその犯人を追っており、捜査を続けているとのことだ。


「あんまりアテにはできんとは思うが……ワシらのところに避難した方がええぞ。

何をされるか、分かったもんじゃなかろうて」


青年の手を掴んで、京也は立ち上がる。

その茶色の眼には、何が映っているのだろうか。


「僕は金城ルードラ。今はこっちの学校に留学してるんだ」


「根岸京也……アンタたちの言うとおり、あのビルで起きた事件の原因は俺にある。

けど、アンタたちもただの人間じゃないんだろ? 他の連中と匂いが違う」


だからといって、自分と同じというわけでもない。

彼らは何者なのだろうか。


「ワシのことはそうじゃの、バハ爺とでも呼んどくれ。

お主が思っている以上に、あの騒ぎが広がっておるでな」


「ね、こんなところにいてもしょうがないし、僕たちの家に来ない?」


ルードラは彼の手を優しく握った。

彼の冷え切った手に暖かさがじわりと広がっていく。


「……すまない、世話になる」


京也はルードラに手を引かれ、ごみまみれの路地を後にした。


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