10 そうだよ


ヴィヴィアンを倒してから、数週間が経った。

そのことが知れ渡ったからか、異形たちからむやみに襲われることもなくなった。

彼女は潮煙で思っていた以上に力を広めていたらしい。


「だからといって、店の売り上げが変わるわけじゃないんだがのう…….。

何かいい方法はないもんかね」


老人はぼやいた。

彼女を倒してから、数日経った夜のことである。


三人はいつものように、夜の潮煙を見回っていた。

彼らの名前はかなり広まっており、彼女を恐れていた者たちからは感謝された。

それだけ大きな実績を残したらしい。


「まあ、町の人たちには関係のない話だからね。地道に続けていくしかないよ」


その後のことが話題になっていないだけでも、運がいい方なのだろう。

この前のように専門家が飛んでくることもなかったし、通報もされなかった。

店に来る人々も相変わらずで、特に変わったところもない。


結局、いつもどおりが一番なのだ。

平和な日々が戻り始め、京也はほっとしていた。

このまま穏やかに過ごせればいいと思い始めた矢先、彼は現れた。


「初めまして、我が名はブラディノフ・ハーロウ。

永久凍土の血を持つ吸血鬼である」


夜の影から現れたのは、白いショートヘアと赤い眼をした小柄な男だ。

紺色のスーツとネクタイを締めていても、彼が放つ高貴さを隠しきれていない。

竜とはまた違った何かを感じる。


「ほう? 吸血鬼の真祖様が潮煙くんだりまで、よう来て下さった。

はて、何かよからぬことでもありましたかね?」


「と言っても、その土地を離れてからずいぶん久しいのだがな。

ところで、我が家族を殺してくれたのは貴様か? 竜人よ」


老人の話を無視し、京也をねめつける。

我が家族ということは、彼女の敵討ちに来たのだろうか。


「白と黒の髪を持つ若い女だ。忘れたとは言わせないぞ」


ヴィヴィアンのことでまちがいないようだ。

彼女が言っていたとある方とは、彼のことらしい。


「あっちのほうから襲ってきたんだ。正当防衛は成り立つはずだ」


「ということは、殺したのだな? 我が娘を」


どちらが先に手を出したかなど、関係ないのだろう。

家族を殺されたからには、黙ってはおけない。

そう言わんばかりの鋭い視線を向けられる。


「ああ。そうだよ」


「京也!」


隣のルードラが止めに入った。さすがにこれ以上はまずいと判断したらしい。

首を横に振っている。


「別にまちがっちゃいないだろ」


自分の身を守るためだったとはいえ、彼女を殺したことには違いない。

誰かから復讐されても何らおかしくはないのである。


「確かに、僕たちが謝ったところでどうにもならないけど。

話くらい、聞いてもらってもいいんじゃない?」


京也が一方的に悪いわけではない。

そう言いたいのも、分からないでもない。

二人のやり取りを吸血鬼は楽しそうに笑っていた。


「貴殿らは何かを勘違いしているようだ。私は仇を取りに来たわけではないのだよ。

だが、彼の言う通り、状況を知りたいのは確かだな。話を聞かせてほしい」


ブラディノフを連れ、近くの公園にあるテーブルを囲む。

数か月前のことから話を始め、数週間前に倒したところまで伝えた。

京也の事情も把握しているようだったから、その点も隠さずにすべて話した。


「半端者は半端者らしく、それらしく振舞っていればよかったものを……。

まったく、難儀なものだな」


彼は吐き捨てるようにため息をついた。

態度が一変して、彼女をぞんざいに扱い始めた。

先ほどまでの怒りが嘘のようだ。


「彼女は我らがファミリーの掟を破ったからな。

罰を与えるという意味でも、行方を追っていた。

見つけ次第、私自らの手で殺すつもりだったのだ」


「やっぱり、ヴィヴィアンを吸血鬼にしたのってアンタなのか?」


確か、家族から追放されたと言っていたか。

それなりの事情を抱えていたということか。


「確かそんな名前だったと思うが……すまない。最近、どうも物忘れが激しくてな。

長年生きていると、頭が追いつかなくなって仕方がない」


「年のせいにするのはよくないのう? 真祖様や。

そんなことを言いに来たわけではあるまい?」


老人が煽ると、彼の表情が少しだけ歪んだ。


「お主、最初から怒っとるわけじゃないな? 結局、何をしに来たんじゃ?

さっさと要件を言ってくれんかの」


「要件という要件はない。

かの半端者の行方を追っていたら、貴殿らにたどり着いた。たったそれだけの話だ」


彼は短くそう言った。


「彼女を探していたのも本当みたいだし、嘘は言ってないよ」


「結局、徒労に終わったがな。

まあ、手間が省けたと考えれば、そう悪い話でもないか」


ルードラがそういうのであれば、本当に話を聞きに来ただけなのだろう。

ただ、上から目線の物言いに腹が立つ。これが彼の本性なのだろう。

彼の性格的な問題だから、仕方のないことではあるのかもしれない。


「このまま本家に戻っても仕方がない。半端者の後処理でもしておくか。

貴殿らにとっても、悪い話ではないはずだ」


彼はゆるやかに席を立ちあがった。

別に困っていることは特にないし、誰かにやってほしいわけでもない。

後処理というか、別の問題が起きたら自分たちで対処するつもりだった。


「自分で蒔いた種でもあるからな、除草作業くらい自分でするさ。

それでは、これで失礼する」


返答を聞く前に、彼の体は闇にの中に散っていった。

勝手に話を進めるだけ進めて、ひとりで立ち去ってしまった。


「頼んでもいないんだけどな……本当によかったのか?」


「多分、その後処理のことも彼に任せちゃって大丈夫だと思う。

本気で何とかしてくれるみたいだしね」


「ちゅーか、あの吸血鬼が困っているのは自分の名前に傷がついたことじゃからの。

ワシらは最初から関係なかったんだわな」


家族が殺されたことよりも、自分の名前に泥を塗られたことを怒っているのか。

どこまでもプライドが高い吸血鬼だ。


「じいちゃんも煽りすぎなんだよ。

怒らせたら大変なことになってたかもしれないのに……」


「あの程度で怒っているようじゃ、真祖は務まらんよ。

それじゃ、帰るぞい」


ルードラはやれやれと首を振った。

穏やかな日々はそう簡単には訪れないらしい。


まあ、それも悪くないか。

京也は少しだけ笑みをこぼした。


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